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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第77話 熱は消えない

 翌朝。


 実験室。


 机の上には、何冊もの失敗ノートと測定結果が積み上がっていた。


 ルシエは一枚一枚、静かに目を通していく。


 二号機。


 三号機。


 四号機。


 五号機。


 失敗の原因は、それぞれ違う。


 魔力循環不足。


 術式構造破綻。


 熱暴走。


 しかし。


 ルシエの視線は、ある一点で止まった。


「……ノエルさん」


「何か見つかったか?」


 ルシエは失敗ノートをノエルへ向ける。


「全部の実験に共通点があります」


 ノエルは資料を見比べた。


「共通点?」


「はい」


 ルシエは温度変化の記録だけを並べる。


「どの実験でも、熱は必ず発生しています」


 ノエルは腕を組んだ。


「火魔法だからじゃないのか?」


 ルシエは静かに首を振る。


「いいえ」


「それだけでは説明できません」


 彼女は測定結果を指差した。


「ここを見てください」


「熱が消えた記録が、一度もありません」


 ノエルは目を見開く。


「……あ」


 ルシエは黒板へ歩き、大きく書いた。


『熱を下げる』


 その文字を見つめながら、小さく呟く。


「私達は、ずっとこれを目指していました」


 チョークを置く。


 一本の線で、その言葉を消した。


「でも」


「違いました」


 再び黒板へ書く。


『熱は消えない』


 研究室が静まり返る。


 ルシエはゆっくり振り返った。


「熱は消滅していません」


「必ず、どこかへ移っています」


 ノエルは思わず前へ出る。


「つまり……」


 ルシエは最後の一文を書いた。


『熱は移動する』


 その瞬間。


 二人の中で、すべてが一本につながった。


「そうか……!」


 ノエルが声を上げる。


「僕達は熱を消そうとしていた!」


「だから失敗したのか!」


 ルシエは大きく頷いた。


「はい」


「冷房とは、熱を消す魔道具ではありません」


「熱を別の場所へ移動させる魔道具です」


 ノエルは思わず笑った。


「全部つながった……」


 ルシエは失敗ノートを閉じる。


「マイヤー先生の仰る通りでした」


「現象を見ろ」


「原理を探せ」


「私達は魔法式ばかり見ていました」


「でも、本当に見るべきだったのは熱そのものの動きです」


 ルシエは新しい紙を取り出す。


 そして、これまで描いてきた火属性魔法式を机の端へ置いた。


「これは、炎を生み出すための魔法式です」


 新しい紙へ、最初の一本目の線を引く。


「だから冷房には使えません」


 一本。


 また一本。


 これまでとはまったく異なる魔法式が描かれていく。


「これから作るのは」


「炎ではなく――」


「熱を移動させるための火属性魔法式です」


 ノエルは、その手元を見つめながら静かに笑った。


「ここからが、本当の共同研究だな」


 ルシエも笑みを浮かべる。


「はい」


 失敗ノートが導き出した答え。


 それは、一つの魔法式ではない。


 火魔法そのものを書き換える、新しい理論の始まりだった。

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