第76話 失敗ノート
爆発事故から一時間後。
王立魔法学校・魔法実験室。
試作機の残骸は、そのまま机の上に置かれていた。
ルシエは一冊のノートを開き、黙々とペンを走らせる。
実験開始時刻。
魔力流量。
温度変化。
魔法式の反応。
爆発までの経過。
砕けた魔石の状態。
思い出せる限りの情報を、一つも漏らさず書き記していく。
ノエルは苦笑した。
「普通なら後片付けが先なんだけどな」
ルシエは顔を上げない。
「失敗した直後が、一番正確なデータを残せます」
「時間が経つほど、人の記憶は曖昧になりますから」
「……なるほど」
ノエルも残骸を見つめ直した。
◇
その夜。
実験室には、まだ灯りが点いていた。
ノエルは試作品を修復しながら、新しい魔法式の試作品を次々と組み込んでいく。
ルシエは、その横で結果を記録していた。
「二号機」
「起動します」
ノエルが魔力を流す。
数秒後。
魔法式が乱れ、停止した。
「失敗」
ルシエはすぐにノートへ書き込む。
『魔力循環不足』
「三号機」
起動。
今度は魔法式そのものが崩壊した。
『術式構造破綻』
「四号機」
温度は一瞬だけ下がる。
しかし、すぐに加熱へ転じた。
『加熱現象再発』
失敗。
失敗。
また失敗。
それでもルシエのペンは止まらない。
ノエルは苦笑した。
「普通なら心が折れる回数だぞ」
「全部、成功です」
ルシエは即答した。
「成功?」
「はい」
「成功しない方法が、一つ分かりました」
ノエルは思わず笑ってしまう。
「研究者らしい考え方だな」
ルシエは失敗ノートをめくる。
赤字で埋め尽くされたページ。
そこへ新しい矢印を書き加えた。
その時。
ふと、マイヤーの講義を思い出す。
『式を信じるな』
『現象を見ろ』
『原理を探せ』
ルシエの手が止まった。
魔法式ではない。
見るべきなのは、その奥だ。
「……そうでした」
ノエルが顔を上げる。
「何か気付いたか?」
ルシエは失敗ノートを閉じる。
「私、魔法式ばかり見ていました」
「でも、先生が仰っていました」
「現象を見ろ、と」
ルシエは測定結果を机いっぱいに並べる。
一号機。
二号機。
三号機。
四号機。
失敗は違う。
しかし、一つだけ共通点があった。
すべて、
熱が生まれている。
ルシエは静かに呟く。
「まずは、この熱がどこから生まれているのか……」
「そこを調べましょう」
ノエルは頷いた。
「ああ」
二人は再び机へ向かう。
失敗ノートは、また一ページ増えた。
だが、それは失敗の記録ではない。
真実へ近づくための、研究の足跡だった。




