第75話 最初の実験
翌日。
王立魔法学校・魔法実験室。
ルシエは設計図を机いっぱいに広げていた。
「試作一号です」
既存の魔導冷房機から水属性魔法式を取り外す。
その代わり、新たに設計した火属性魔法式を組み込んだ。
「理論上は、火魔法でも冷却できるはずです」
ルシエは魔道具へ魔力を流せない。
そのため、起動役はノエルだ。
「じゃあ、始めるぞ」
「お願いします」
ノエルは試作機へ手をかざし、自身の魔力を魔石へ送り込む。
魔石が淡く赤く輝き、魔力が魔法式を流れ始めた。
ルシエは測定器へ視線を向ける。
「……」
しかし。
針は下がらない。
むしろ、ゆっくりと上昇し始めた。
「温度が……上がっています」
ノエルが眉をひそめる。
「そんな馬鹿な」
次の瞬間。
魔法式全体が真紅に輝いた。
ゴォッ!!
試作機から猛烈な熱気が噴き出す。
「熱暴走!」
ルシエが叫ぶ。
「止まりません!」
魔法式が術者の制御を離れ、暴走する。
過剰な魔力が魔石へ流れ込み――
パキッ。
嫌な音が響いた。
「離れろ!」
ドォォンッ!!
爆発。
衝撃で試作機は吹き飛び、魔石は粉々に砕け散った。
実験室へ白い煙が立ち込める。
ノエルは咳き込みながら苦笑した。
「……失敗だ」
しかし。
ルシエは壊れた試作機を見つめたまま、小さく首を横へ振る。
「いいえ」
その瞳は、むしろ期待に満ちていた。
「大成功です」
ノエルは思わず聞き返す。
「え?」
ルシエは焼け焦げた魔法式を静かに見つめる。
「理論は間違っていませんでした」
「間違っていたのは、魔法式です」
ノエルは息を呑む。
ルシエは焼け跡を指差した。
「既存の火属性魔法式は、炎を生み出すことを前提に設計されています」
「つまり、熱を高めることが”正しい動作”なんです」
「だから冷却するよう反転させても、魔法式は本来の働きを優先し、熱を生み出してしまいました」
ノエルは静かに頷いた。
「なるほど……」
「術式そのものが、加熱専用だったのか」
「はい」
ルシエは力強く頷く。
「火魔法の本質は、温度への干渉です」
「ならば既存の魔法式を書き換えるだけでは足りません」
「温度へ干渉するという原理に合わせて――」
「魔法式そのものを、一から設計し直す必要があります」
ノエルは思わず笑みを浮かべた。
「普通なら落ち込む場面なんだけどな」
ルシエはノートを開き、爆発時の状況を一つひとつ記録していく。
「研究に失敗はありません」
「あるのは、成功へ近づくためのデータだけです」
その言葉を聞き、ノエルは小さく笑った。
「……共同研究者がお前で良かったよ」
ルシエは少し照れたように微笑む。
「ありがとうございます」
試作一号。
それは失敗作ではない。
既存の火属性魔法式では、冷却は実現できない。
その事実を証明した、研究の第一歩だった。




