第72話 研究テーマ
昼休み。
ルシエは教室で、昨夜まとめた研究ノートをノエルへ差し出した。
「少し、ご相談したいことがあるんです」
「相談?」
ノエルは研究ノートを受け取り、ページをめくる。
仮説。
考察。
そして最後に書かれた一文。
『火魔法って、本当に炎なのでしょうか』
その文字を見た瞬間、ノエルの表情が真剣なものへ変わった。
「つまり、火魔法は炎を生み出しているんじゃない」
「温度そのものへ干渉しているってことか?」
ルシエは静かに頷く。
「まだ証明はできていません」
「ですが、この仮説なら今まで学んできたことを矛盾なく説明できます」
二人は土魔法、水魔法、風魔法の理論も交えながら、一つひとつ仮説を整理していく。
やがてノエルは大きく息を吐いた。
「……もし正しかったら、とんでもないことになるぞ」
「火魔法だけで冷却ができるかもしれない」
「世界中の魔道具が全部書き換わる」
ルシエは少し照れくさそうに笑う。
「そこまで考えていたわけではありません」
「ただ、少し気になってしまって……」
「本当なら研究してみたいです」
「ですが、お母さんを助ける方法を探す方が先です」
「こんな研究をしている場合ではありません」
ノエルは迷いなく首を横へ振った。
「いや」
「むしろ、それが近道だ」
ルシエはきょとんとした表情を浮かべる。
「近道……ですか?」
「人体へ応用する前に、この理論そのものが正しいことを証明しないといけない」
「いきなり治療魔法を研究するより、安全だし、何度でも再現実験ができる」
「それに、この研究が成功すれば終わりじゃない」
ノエルは研究ノートを軽く叩いた。
「王立魔法協会に認められれば、魔術師の称号だって夢じゃない」
「魔術師……ですか?」
「称号を持つ研究者には、研究室や実験設備が与えられる」
「今のお前に足りないものが全部手に入る」
「そうなれば、お母さんを救うための研究も、今とは比べものにならないくらい進められるはずだ」
ルシエはその言葉を胸の中で何度も繰り返した。
研究室。
実験設備。
十分な魔法石。
測定器。
それらがあれば、これまで諦めるしかなかった研究にも手が届く。
やがて、静かに顔を上げる。
「……分かりました」
「まず、この理論を証明します」
ノエルは満足そうに笑った。
「そのための研究テーマを決めよう」
二人はしばらく考え込み――ほぼ同時に口を開く。
「魔導冷房機」
「魔導冷蔵庫」
一瞬見つめ合い、小さく笑った。
「決まりですね」
ノエルは右手を差し出す。
「共同研究、よろしく」
ルシエもしっかりとその手を握り返した。
「よろしくお願いします」
こうして二人の最初の共同研究が、静かに幕を開けた。




