第71話 なに干渉しているか?
翌朝。
ルシエは朝食を終えると、真っ直ぐ机へ向かった。
昨夜広げたままの資料が、そのまま机いっぱいに並んでいる。
父の研究資料。
講義ノート。
魔導冷房機の構造図。
どれも昨日と変わらない。
変わったのは、自分の頭の中だけだった。
ルシエは静かにジョルジュ・デュランの講義ノートを開く。
何度も読み返したページ。
そこには、短い一文が書かれていた。
『魔法は、目に見える現象で考えてはいけない』
『何へ干渉しているか。それが魔法の本質だ』
「何へ干渉しているか……」
ルシエは小さく呟く。
ジョルジュは土魔法しか扱えない。
しかし、その土魔法で物質の構造を解析し、組み替えていた。
土を操っていたのではない。
物質へ干渉していたのだ。
「つまり、土魔法の本質は土ではなく……物質」
そこまで考えた瞬間、思考が止まる。
「……だったら」
ルシエはゆっくりと火魔法の教本を開いた。
火魔法。
炎を生み出す魔法。
それが世界の常識だった。
しかし、それは本当に魔法の本質なのだろうか。
炎は、目に見える現象にすぎない。
ジョルジュの理論に当てはめるなら、火魔法にも別の干渉対象が存在するはずだ。
ルシエは冷房機の構造図へ視線を移す。
冷房機が必要としているのは、水ではない。
部屋の温度を下げること。
そして火魔法が起こしているのも、炎そのものではない。
炎によって周囲の温度を上昇させている。
「火魔法が干渉しているのは……」
鼓動が速くなる。
頭の中で、昨日まで別々だった知識が一本の線で繋がっていく。
「温度……?」
その一言とともに、胸の奥で何かが弾けた。
ルシエは急いで研究ノートを開き、新しいページへペンを走らせる。
そして、静かに書き記す。
『火魔法って、本当に炎なのでしょうか』
世界の常識を疑う、一つの問い。
それが、後に世界の魔法理論を書き換える研究の始まりとなる。




