第69話 すれ違い
昼になり、二人は街の喫茶店へ入った。
ルシエは研究ノートを広げたまま、何かを書き続けている。
ノエルはその様子を見て、小さく笑った。
「考えすぎじゃないか?」
「少し休憩しよう」
メニューを開きながら言う。
「甘い物でも食べようよ」
ルシエは顔を上げた。
「ありがとうございます」
柔らかく微笑む。
だが、すぐに視線は店の外へ向いた。
「あの向かいにある魔道具店……」
「少し見てもいいですか?」
ノエルは苦笑する。
「もちろん」
ルシエは嬉しそうに頷くと、研究ノートを閉じて立ち上がった。
店を出ると、その足は迷うことなく魔道具店へ向かう。
店内には大小さまざまな魔石が並んでいた。
ルシエは一つひとつを手に取り、魔力の流れや加工方法を確かめながら、気付いたことを研究ノートへ書き込んでいく。
その時だった。
同じ魔石へ、二人が同時に手を伸ばす。
指先が、軽く触れた。
「ご、ごめん」
慌てて手を引くノエル。
ルシエは首を傾げる。
「?」
「どうしました?」
本当に気付いていなかった。
「……いや、何でもない」
ノエルは苦笑するしかなかった。
帰り道。
石畳の段差で、ルシエの足が少しもつれる。
「きゃっ」
倒れそうになった身体を、ノエルが咄嗟に支えた。
「あ……」
ルシエは姿勢を立て直し、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます」
それだけだった。
ルシエの頭の中にあるのは、
母の病気。
魔法理論。
研究。
その三つだけ。
ノエルは小さく息を吐いた。
(違うって分かってる)
(僕は馬鹿か)
ルシエが一番苦しい時だ。
自分が考えるべきことは一つしかない。
(ルシエの力にならないと)
(今は研究なんだ)
頭では何度も言い聞かせる。
それでも。
少しだけ距離が近付くだけで。
胸は、自分の意思とは関係なく高鳴ってしまうのだった。




