第62話 容態
翌朝。
ルシエは始業前の王立魔法学校を訪れていた。
昨日、ホルトンの診察を受けたいと相談したところ、アルベルトから「明日の朝、研究室へ来なさい」と言われていたのだ。
研究室の扉を叩く。
「入りなさい」
中へ入ると、アルベルトは机へ向かったまま顔を上げた。
「来たか」
「先生、お母さんのことで……」
ルシエが事情を説明すると、アルベルトは静かに頷く。
「やはりホルトン君に診てもらうべきだろう」
そう言うと、一枚の便箋を取り出し、さらさらと文字を書き始めた。
「先生、それは……?」
「紹介状だよ」
ペンを走らせながら、穏やかに微笑む。
「ホルトン君は、この王立魔法学校の卒業生だ」
「そして、私の教え子でもある」
ルシエは少し驚く。
「ホルトン先生が……」
「紹介状があれば話は早い」
書き終えると、封をしてルシエへ手渡した。
「王立中央医療院へ行きなさい」
「ホルトン君なら、きっと力になってくれる」
ルシエは深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「行ってきます」
「焦る必要はない」
「今できることを、一つずつ積み重ねなさい」
「はい」
ルシエは紹介状を胸へ抱き、自宅へ戻った。
◇
「ごめんね……」
エレーヌは申し訳なさそうに笑う。
「朝から付き合わせちゃって」
「気にしないで」
ルシエは母の腕をしっかり支えた。
「もう少しですから」
王立中央医療院へ向かう途中。
「ごほっ……ごほっ」
激しい咳が響く。
エレーヌはその場で足を止め、苦しそうに胸を押さえた。
「お母さん!」
「大丈夫よ……少し息が上がっただけだから」
そう笑うものの、呼吸は浅く乱れ、額には汗が浮かんでいる。
「全然、大丈夫じゃないよ」
ルシエは唇を噛み締めた。
以前なら何でもなかった距離なのに、今は少し歩くだけで息を切らしてしまう。
(こんなに悪くなってたなんて……)
胸が締め付けられる。
ようやく二人は王立中央医療院へ辿り着いた。
受付で紹介状を渡すと、すぐに魔法医学研究室へ案内される。
そこは、魔法医学の最高権威――大魔導師・青色号、ホルトン・ラヴォワジエの研究室だった。
室内では、一人の少女が手際よく診察器具を片付けている。
フランソワ・ラヴォワジエ。
若くして紫色号を授かった天才研究者。
そして、ホルトンの養女でもあった。
ホルトンは紹介状へ目を通すと、小さく微笑む。
「アルベルト先生から話は聞いたよ」
「相変わらず律儀な先生だ」
そう言って紹介状を机へ置く。
「ありがとう」
「今日はここまででいいよ」
「先に帰ってて」
「はーい、先生」
フランソワは軽く手を振ると、研究室を後にした。
扉が閉まる。
ホルトンはゆっくりとエレーヌへ向き直る。
「では、診せてもらおうか」
その瞬間、柔らかな笑みは消え、研究者としての鋭い眼差しが宿った。
部屋の空気が一変する。
静かな診察が始まった。




