第59話 原理を探せ
送風魔道具は、何事もなかったかのように風を送り続けていた。
講堂は静まり返っている。
誰も言葉を発することができない。
そんな生徒たちを見渡しながら、マイヤーは小さくため息をついた。
「近年の魔法学校の生徒は、出来が悪いな」
ぶつぶつと独り言のように呟く。
「教科書だけ覚えて満足する」
「自分で考えようともしない」
「だから応用が利かん」
教室のあちこちから、不満そうな視線が向けられる。
しかし、マイヤーは気にも留めない。
「……とは言え」
「少し意地悪が過ぎたかね」
珍しく苦笑を浮かべると、黒板へ向き直った。
「よく覚えておけ」
「式を信じるな」
その一言に、生徒たちは目を丸くする。
魔法学校で魔法式を学ぶ講義の最中に、講師が魔法式を信じるなと言ったのだ。
「魔法式とは、魔法という解を導き出すための式に過ぎん」
「解へ至る原理を正しく理解している者ならば、式はいくらでも書き換えられる」
マイヤーは、黒板に残された簡略化された魔法式を指差す。
「逆に、式だけを暗記した者は、その式から一歩も外へ出られん」
「目に見える式を信じるな」
「その奥にある、目に見えない原理を探せ」
マイヤーは再びチョークを握る。
そして、黒板へ大きく二行だけ書いた。
『現象を見ろ』
『原理を探せ』
白い文字が、黒板の中央に残る。
「そもそも魔法とは何だ」
誰も答えない。
マイヤーは構わず続ける。
「魔素や魔粒子といった、我々人間の目には見えないものが作用し、目に見える現象となって現れたものだ」
「炎が生まれる」
「風が吹く」
「水が流れる」
「土が形を変える」
「我々が見ているのは、すべて結果に過ぎん」
マイヤーは黒板へ向き直り、簡略化された魔法式の一部を指でなぞる。
「魔法式も同じだ」
「目に見えない作用を、人間が理解できる形へ無理やり可視化したものに過ぎない」
生徒たちは黙って話を聞いていた。
「こんなことを言えば、本末転倒だと思う者もいるだろう」
「だが、極論を言えば」
「そもそも目に見えないものを、完全に目に見える形へ置き換えようとすること自体が間違っている」
講堂の空気が変わる。
先ほどまでマイヤーへ不満そうな視線を向けていた生徒たちも、今は誰一人として口を挟まない。
「魔法式は原理そのものではない」
「原理を人間が理解するために作った、仮の形だ」
「だから、式を絶対だと思うな」
「式に書かれていないものを見落とすな」
マイヤーは黒板に書かれた二行を、チョークの先で叩いた。
「現象を見ろ」
「そして、その裏にある原理を探せ」
「原理さえ理解すれば、魔法はいくらでも改良できる」
「いくらでも書き換えられる」
「それが研究だ」
ルシエは息を呑んだ。
(魔法式は……完成形じゃない)
教科書に載っているものが絶対ではない。
誰かが発見し、人間に理解できる形へまとめた、一つの答えに過ぎない。
(魔法式も、書き換えられる)
その瞬間。
ルシエの中で、また一つ世界の見え方が変わった。
教科書を覚えるために、魔法を学ぶのではない。
目に見える答えの奥にある、目に見えない原理を知るために。
自分は魔法を学んでいるのだ。




