第57話 マイヤー・ブランシュ
次の講師が教壇へ姿を現した瞬間。
講堂の空気が一変した。
四十代前半ほどの男性。
白衣を羽織っているものの、どこか疲れ切ったような顔色。
鋭い目つきに、不機嫌そうな表情。
無精髭まで生えている。
教壇へ立つと、一切の無駄口を叩かず、生徒たちを見渡した。
講堂が静まり返る。
誰も口を開かない。
男は小さく息を吐いた。
「……マイヤー・ブランシュだ」
「魔法理論を担当する」
それだけ告げると、黒板へ向かった。
チョークを走らせる。
描かれたのは、誰もが見覚えのある簡単な魔法式だった。
一年生でも理解できる、ごく初歩的な術式。
教室のあちこちから声が漏れる。
「あれ?」
「簡単すぎないか?」
マイヤーは振り返る。
「これは何に使われる」
一人の生徒が答えた。
「風を起こす魔道具です」
「そうだ」
マイヤーは頷く。
「家庭用の送風魔道具」
「魔法適性さえあれば、属性魔法が苦手な者でも起動できる」
「夏場に涼むため、一般家庭へ広く普及している魔道具だ」
生徒たちは納得したように頷く。
マイヤーは腕を組んだ。
「では質問だ」
「この魔法式」
「正しいと思う者」
一瞬の間。
次の瞬間、講堂中の手が一斉に挙がる。
当然だった。
誰もが日常で使う魔道具。
教科書にも掲載されている基本術式。
間違っているはずがない。
マイヤーは教室を静かに見渡した。
そして、小さく頷く。
「……そうか」
一拍置く。
教壇へ向き直り、再びチョークを握る。
「では」
生徒たちは余裕の表情を浮かべていた。
「流石に簡単すぎますよ」
「僕たち、魔法学校の生徒ですよ」
「一年生でも分かる問題です」
「これは流石に間違えません」
誰もが、次は応用問題でも出されるのだろうと思っていた。
しかし。
マイヤーは黒板を見つめたまま、静かに口を開く。
「……なるほど」
その一言だけが、静まり返った講堂に響いた。




