第56話 魔素汚染
ホルトンの説明が一区切りすると、講堂は静まり返った。
「では、質問のある方はどうぞ」
その言葉を待っていたかのように、ルシエが立ち上がる。
「先生」
「魔素汚染について、お聞きしてもよろしいでしょうか」
ホルトンは穏やかに頷いた。
「もちろんです」
ルシエは一度息を吸い、静かに続ける。
「私の母は、魔素汚染という病に侵されています」
「薬でも」
「ポーションでも」
「治すことはできませんでした」
「魔素汚染とは、一体何なのでしょうか」
講堂が静まり返る。
ホルトンは少しだけ表情を引き締めた。
「良い質問です」
人体模型の胸へ手を置く。
「魔素汚染とは」
「体内に未分化の魔素が滞留する病です」
黒板へ書く。
未分化魔素
↓
体内に滞留
↓
魔素汚染
生徒たちは必死に書き写していく。
「通常、魔素は魔力回路を通り、魔力へ変換されます」
「ですが、何らかの原因で変換されず、未分化のまま身体へ蓄積することがあります」
「それが身体を蝕み、様々な症状を引き起こします」
一人の生徒が手を挙げた。
「先生」
「なら、属性魔法で取り除けばいいのでは?」
ホルトンは静かに首を横へ振る。
「できません」
講堂がざわつく。
「火魔法は火へ」
「水魔法は水へ」
「風魔法は風へ」
「土魔法は土へ干渉します」
「ですが」
ホルトンは黒板の『未分化魔素』を指した。
「これは、まだ何の属性にも分化していない魔素です」
「属性魔法では触れることすらできません」
生徒たちは息を呑む。
「現在の医学では」
「症状を和らげることはできます」
「しかし、未分化魔素そのものを除去する方法は見つかっていません」
「それが、魔素汚染が不治の病と呼ばれる理由です」
講堂は重苦しい空気に包まれた。
ルシエも俯く。
(未分化……魔素)
(属性魔法では触れられない)
その瞬間。
脳裏に、数日前の講義が蘇る。
マリゴーの声。
『伝統魔法とは、魔素へ直接干渉する魔法です』
ルシエは勢いよく顔を上げた。
(伝統魔法なら……)
(もしかしたら)
(魔素へ直接触れられる)
胸の鼓動が速くなる。
これまで別々だった知識が、一本の線として繋がった。
伝統魔法。
魔力回路。
未分化魔素。
そして、母の病。
ルシエはノートへ震える手で書き記す。
『未分化魔素への直接干渉』
(見つけた……)
(母を救うための、最初の道筋を)




