第55話 ホルトンとフランソワ
アントワンヌの講義が終わると、二人の講師が教壇へ上がった。
一人は、穏やかな男性。
丸眼鏡を掛け、白衣姿で優しそうな笑みを浮かべている。
もう一人は、二十歳前後の若い女性。
同じく白衣を羽織り、明るく柔らかな雰囲気をまとっていた。
男性は教壇へ立つと、周囲を見回した。
「あれ……」
「資料はどこでしたっけ……」
机の上を探す。
「研究室に置いてきちゃったかな……」
女性が苦笑しながら、一冊の資料を差し出した。
「先生、こちらですよー」
「また忘れてます」
「あっ」
「ありがとう、フランソワさん」
「助かりました」
「どういたしまして」
二人は顔を見合わせて笑う。
そのやり取りに、講堂のあちこちから小声が聞こえた。
「あの先生、大丈夫か?」
「あれで講義になるの?」
「本当に大魔導師なのか?」
すると、上級生の一人が呆れたように肩をすくめた。
「馬鹿言え」
「知らないのか?」
「ホルトン・ラヴォワジエだぞ」
「安定して痛みなく外科手術を行える麻酔魔法を考案した人だ」
「それだけじゃない」
「効果の証明が難しかった魔法薬を次々と解明し、数多くの新薬を開発した」
「誰も疑いようのない、大魔導師だ」
周囲が息を呑む。
別の上級生が、今度はフランソワへ視線を向けた。
「隣の先生も知らないのか?」
「フランソワ・ラヴォワジエ」
「ホルトン先生の弟子であり、助手であり、養女でもある」
「魔法学校の卒業論文だけで、大魔法師の称号を授与された天才だ」
「しかも、史上最年少で紫色号まで授与されている」
「えっ!?」
「そんな人が?」
新入生たちが驚く。
「ただ……」
「論文の内容だけは公開されていない」
「国家機密扱いらしい」
「だから、何を研究したのか知っている者はいない」
講堂がざわつく。
そんな視線など気にも留めず、ホルトンは穏やかに笑った。
「改めまして」
「医学を専門としております、ホルトン・ラヴォワジエです」
「そして」
「私の弟子兼助手のフランソワ・ラヴォワジエです」
フランソワが元気よく頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
その柔らかな空気に、講堂の緊張も少し和らいだ。
ホルトンは人体模型を教壇へ運ぶ。
「さて」
「今日は、皆さんの身体についてお話しします」
黒板へゆっくりと図を書く。
魔素
↓
魔力回路
↓
魔力
↓
魔法
「魔素は、そのままでは魔法になりません」
「まず身体の中に存在する『魔力回路』を通ることで、魔力へ変換されます」
「そして、その魔力を用いて魔法が発動します」
人体模型の胸部を指し示す。
「つまり、魔力回路とは――」
「人と魔法を繋ぐ器官なのです」
講堂は静まり返る。
今まで当たり前だと思っていた魔法の仕組みが、一つひとつ言葉として整理されていく。
ホルトンは穏やかに微笑んだ。
「ここまでで質問はありますか?」
講堂が静まり返る。
その中で、一人だけ静かに手が挙がった。
ルシエだった。




