第54話 身体を治す力
講堂には、まだざわめきが残っていた。
魔物は、魔素によって変質した存在。
その事実は、多くの生徒にとって初耳だった。
一人の生徒が、おそるおそる手を挙げる。
「先生」
「魔物は魔素で変質した存在なんですよね?」
「じゃあ……人間も変質するんですか?」
講堂が静まり返る。
アントワンヌは、ゆっくりと頷いた。
「ええ」
「人も例外ではありません」
ざわめきが広がる。
「魔素は、魔法の根源です」
「皆さんが魔法を使えるのも、魔素が存在するからです」
黒板へ書く。
魔素
↓
魔法
↓
文明
「魔素は私たちへ、多くの恩恵を与えてくれます」
「魔法」
「魔道具」
「農業」
「そして医療です」
黒板へ新たに三つの言葉を書き加えた。
薬草。
薬学。
ポーション。
「魔法薬草は、魔素を豊富に含む植物です」
「それを研究するのが薬草学」
「調合し、薬へ仕上げるのが薬学」
「さらに魔法を組み合わせたものが、ポーションです」
生徒たちは真剣な表情で頷く。
「これらは人々を救う、大切な技術です」
「ですが」
アントワンヌは静かに首を横へ振った。
「万能ではありません」
講堂が静まり返る。
「薬は身体を治しません」
驚きの声が漏れる。
「えっ?」
「薬を飲めば治るんじゃ……」
アントワンヌは優しく微笑んだ。
「治しているのは、皆さん自身の身体です」
「薬は、その力を助けているだけ」
「ポーションも同じです」
「魔法だから万能なのではありません」
「身体が本来持つ治癒力を支えているに過ぎません」
黒板へ書き足す。
身体の治癒力
+
薬・ポーション
↓
回復
「薬にも限界があります」
「ポーションにも限界があります」
「失われた腕を生やすことも」
「命を失った人を蘇らせることもできません」
「だからこそ、正しく使うことが大切なのです」
一拍置く。
アントワンヌは再び黒板へ向かう。
魔素
↓
利益 / 不利益
「魔素は、利益だけをもたらす存在ではありません」
「過剰な魔素は、生物を変質させます」
「魔物が、その代表例です」
講堂は静まり返る。
「つまり」
「魔素とは、使い方次第なのです」
「薬にもなれば、毒にもなる」
「人を救うこともあれば、人を害することもある」
「ものは使いようです」
アントワンヌは、生徒一人ひとりを見渡した。
「皆さんには、そのことを肝に銘じてほしいのです」
「魔素を恐れる必要はありません」
「ですが、決して軽んじてもいけません」
「その力を正しく理解し、正しく扱うこと」
「それが、魔法を学ぶ者の責任です」
ルシエは、その言葉を胸の中で何度も反芻する。
(魔素は……)
(人を害することも、人を救うこともできる)
病床で眠る母の姿が脳裏に浮かぶ。
魔素汚染。
母を苦しめているのも魔素。
だが――。
(まだ、方法はある)
魔素が身体へ作用するのなら。
その作用を理解できれば。
逆に利用できる方法が、どこかにあるはずだ。
ルシエはノートを開き、一行だけ書き記した。
『魔素は身体へ作用する』
その文字を見つめる瞳には、新たな決意が宿っていた。




