第49話 魔素へ直接干渉
マリゴーは杖を構えると、教壇の上へ一枚の紙を置いた。
「まずは、最も基本的な伝統魔法からお見せしましょう」
杖の先が、わずかに光る。
「――浮遊」
紙がふわりと宙へ浮かび上がった。
風に煽られた様子はない。
紙は形を崩すことなく、その場で静止している。
「続いて――念動」
マリゴーが杖を横へ動かす。
それに合わせるように、紙がゆっくりと講堂の中を移動した。
生徒たちの頭上を通り、再び教壇まで戻ってくる。
「まあ、これくらいなら皆さんも使ったことがありますよね」
生徒たちは退屈そうに頷いた。
「入学してすぐの実技でやったな」
「紙を浮かせるだけだろ」
「属性魔法の方がよっぽど派手だ」
マリゴーは気にした様子もなく、今度は教壇の上へ木片を置いた。
「では、これはどうでしょう」
杖先を木片へ向ける。
「――押圧」
次の瞬間。
木片が弾かれたように飛び出した。
「うわっ!」
最前列の生徒が思わず身を引く。
木片は勢いよく講堂を横切り、壁へ衝突する直前――。
「――制動」
ぴたりと止まった。
空中で静止した木片が、そのままゆっくりと床へ下りていく。
先ほどまで気の抜けた顔をしていた生徒たちが、少しだけ身を乗り出した。
「今の、風魔法じゃないのか?」
「木片を吹き飛ばしたように見えたけど」
一人の生徒が手を挙げる。
「先生」
「今の魔法は、風の魔粒子を使っているのではないのですか?」
マリゴーの目が輝いた。
「良い質問ですね!」
ノエルが小さく呟く。
「また始まりそうだ……」
マリゴーはすぐに黒板へ向かい、勢いよく文字を書き始めた。
「皆さんが普段使っている属性魔法は、魔素から必要な属性の魔粒子を取り出して発動します」
黒板の左側へ、簡単な図を書く。
魔素。
そこから、風の魔粒子。
そして、風魔法。
「たとえば風魔法で物体を動かす場合、風の魔粒子を利用して空気の流れや圧力を操ります」
「ですが、先ほど私が使ったのは風魔法ではありません」
今度は黒板の右側へ、別の図を書く。
魔素。
その下に、直接干渉。
さらに、その下へ伝統魔法。
「伝統魔法では、魔素を属性ごとの魔粒子へ分けません」
「周囲にある魔素そのものへ直接干渉し、その力を単純な運動へ変換します」
講堂のあちこちから、戸惑った声が漏れた。
「魔粒子を使わない……?」
「魔素って、そのまま使えるのか?」
「使えます」
マリゴーは即答した。
「ただし、属性魔法ほど複雑な現象は起こせません」
「できるのは、押す、引く、浮かせる、動かす、止める」
「どれも極めて単純なものです」
生徒たちは納得したように頷いた。
「だから基礎魔法なのか」
「結局、属性魔法の方が便利じゃないか」
「派手さもないしな」
再び、興味を失ったような空気が広がっていく。
だが。
ルシエだけは違った。
黒板に書かれた二つの図を、瞬きもせず見つめている。
(魔粒子を使わない……)
(属性へ分解しなくても……)
(魔素は、魔法に利用できる)
ルシエは急いでノートを開いた。
白い紙の中央へ、慎重に文字を書く。
魔素。
その下へ矢印を引く。
そして。
――直接干渉。
書き終えた文字を、じっと見つめる。
(属性魔法を使えなくても……)
(魔素そのものなら、私にも扱える)
何度も使ってきた、弱く、単純で、何の価値もないと思っていた魔法。
それは本当に、ただの基礎魔法なのだろうか。
ルシエはペンを握り直す。
そして、図の横へ小さく書き足した。
――属性へ分解しなくても、魔法は成立する?
まだ答えはない。
けれど。
その一文から、ルシエは目を離せなかった。




