第48話 マリゴー・ルフェーブル
講堂。
全校生徒が見守る中、一人の男性がゆっくりと教壇へ上がった。
三十代半ばほど。
少し伸びた赤色の髪に無精ひげ。
高位の魔導師とは思えないほど気取らない服装で、どこにでもいそうな研究者という印象だった。
彼は軽く頭を下げる。
「皆さん、初めまして」
「魔法歴史学を専門としております、マリゴー・ルフェーブルです」
穏やかな口調で自己紹介を終えると、黒板へ向き直った。
さらさらと大きく文字を書く。
『伝統魔法』
「本日の講義は、この伝統魔法についてです」
その瞬間だった。
「えぇ……」
「基礎魔法かよ」
「飽きたわ。散々やっただろ」
「退屈そう」
講堂のあちこちから落胆した声が漏れる。
マリゴーは困ったように頭をかいた。
「ははっ」
「毎年、皆さん同じ反応なんですよね」
生徒たちから苦笑が漏れる。
「ですが、その反応こそが、今日の講義で一番最初に覆したいことなんです」
そう言って黒板を軽く叩く。
「皆さんは、伝統魔法を古く、価値の低い魔法だと思っていませんか」
誰も返事はしない。
だが、その沈黙が答えだった。
マリゴーは静かに頷く。
「確かに、現代では四大属性魔法が主流です」
「だから伝統魔法は時代遅れだと考えられています」
「しかし――」
人差し指を一本立てる。
「古い技術には、現代魔術が失ってしまった原理が残されているんです」
その言葉に、多くの生徒は首をかしげる。
だが、一人だけ違った。
ルシエだった。
彼女は目を輝かせながら手を挙げる。
「質問、よろしいでしょうか」
マリゴーの表情が一気に明るくなった。
「もちろん!」
「ぜひお願いします!」
ルシエは立ち上がる。
「先生がおっしゃった『失われた原理』とは、具体的に何なのでしょうか」
「おおっ!」
「良い質問ですね!」
その一言で、何かのスイッチが入った。
マリゴーは勢いよく黒板へ向かう。
「まずですね、古代魔術文明では――」
チョークが止まらない。
古代魔術文明。
魔法体系の変遷。
伝統魔法成立の背景。
四大属性魔法誕生までの歴史。
黒板はあっという間に文字と図で埋め尽くされていく。
「つまりですね――」
「さらに言えば――」
「ここが非常に重要なのですが――」
話は止まらない。
ノエルが苦笑する。
「始まっちゃった……」
後ろの席では。
「長い……」
「まだ続くのか」
「ルシエしかついていけてないぞ」
そんな声が聞こえてくる。
一方のルシエは違った。
目を輝かせ、夢中でノートを書き続ける。
一文字たりとも聞き漏らすまいと、必死にペンを走らせていた。
十分ほど話したところで、マリゴーはようやく我に返る。
「あ」
「すみません」
「また悪い癖が出てしまいました」
講堂から笑いが起こる。
マリゴーも照れくさそうに頭をかいた。
「では、本題へ戻りましょう」
「四大属性魔法が体系化される以前、人々が使っていた魔法は一つだけでした」
黒板へ新しい図を書く。
「それが、伝統魔法です」
図を指しながら説明する。
「魔素へ直接干渉し」
「押す」
「引く」
「浮かせる」
「動かす」
「極めて単純な魔法です」
「ですが、最大の特徴があります」
講堂が静まり返る。
「この魔法は、属性適性を必要としません」
ルシエの瞳が大きく見開かれる。
(属性魔法ではない……)
(魔素そのものへ干渉する魔法……)
胸の奥で、小さな何かが動き始めた。
マリゴーは教壇の脇に置いてあった杖を手に取る。
「では」
「百聞は一見にしかずです」
「実際に、ご覧いただきましょう」
そう言って、ゆっくりと杖を構えた。




