第46話 自分の目
昼休み。
ノエルが図書室へ向かって廊下を歩いていると、前方に数人の男子生徒が立っていた。
その中心にいるのは、レオン・ヴァルハイト。
ノエルへ気付いたレオンは、進路を塞ぐように一歩前へ出る。
「よう、ノエル」
ノエルは足を止めた。
「何か用?」
「最近、お前」
「主席と随分仲がいいみたいだな」
レオンが皮肉げに笑う。
周囲の男子生徒たちも、面白がるように口を開いた。
「毎日一緒に図書室へ行ってるよな」
「授業が終わった後も、二人で研究してるらしいぞ」
「よく飽きないよな」
ノエルは静かに答える。
「研究仲間だからね」
「研究仲間?」
レオンが鼻で笑った。
「あんな無能と、何を研究するんだ?」
その言葉に、周囲の生徒たちが笑い声を上げる。
「確かに」
「四大属性のどれも使えないんだろ?」
「実技も最下位だしな」
「主席っていっても、座学だけじゃん」
レオンは腕を組み、見下すように続けた。
「知識だけを詰め込んで、魔法を使えるつもりになっている」
「そんな人間と一緒にいたって、何も得られないだろ」
ノエルは何も答えない。
レオンは、それを肯定と受け取ったのか。
さらに言葉を重ねる。
「お前まで変人扱いされるぞ」
「やめておけよ」
「お前は天才なんだから」
その言葉に、ノエルは静かに目を伏せた。
(天才……か)
幼い頃から、そう呼ばれてきた。
四大属性すべてに適性を持ち、魔法も誰より早く習得した。
周囲は口を揃えて才能を褒めた。
教師から期待され。
家族から誇られ。
自分自身も疑わなかった。
――自分は天才なのだと。
だが。
ルシエと出会ってから、その考えは少しずつ変わり始めていた。
彼女は四大属性魔法を使えない。
実技試験でも、目立った結果を残せない。
世間の評価だけを見れば、「無能」と呼ばれても仕方がないのかもしれない。
それでも。
(本当にそうだろうか)
古代文献を読み解く力。
誰も疑問に思わない常識へ、疑問を抱く視点。
得た知識を暗記で終わらせず、新たな発想へ結び付ける思考力。
誰もが当然だと思っている魔法理論を、一から見直そうとする勇気。
魔法を理解するという一点において。
自分は、本当に彼女より優れていると言えるのだろうか。
答えは、とうに決まっていた。
ノエルは静かに顔を上げる。
「誰と一緒にいるかは、僕が決める」
レオンの眉がわずかに動く。
「何?」
「それに」
ノエルはレオンを正面から見据えた。
「ルシエが無能かどうかなんて、それは君たちの評価だ」
周囲の男子生徒たちを一人ずつ見渡す。
「僕は、自分の目で判断する」
廊下が静まり返った。
レオンは不愉快そうに顔を歪める。
「自分の目?」
「ああ」
ノエルは穏やかに笑った。
「僕は彼女と研究していて、何度も教わったことがある」
男子生徒の一人が、思わず聞き返す。
「お前が、あいつに?」
「そうだよ」
ノエルは迷うことなく頷いた。
「魔法の見方をね」
誰も言葉を返せなかった。
四大属性すべてに適性を持つ天才。
そのノエルが、四大属性魔法を一つも使えない少女から教わったと言った。
レオンは納得できない様子で吐き捨てる。
「馬鹿馬鹿しい」
「あの女に何が分かる」
「少なくとも」
ノエルは静かに告げた。
「本人の話を聞きもせず、使える魔法だけで人の価値を決める人よりは、ずっと多くのことが見えているよ」
「……っ」
レオンの表情が強張る。
ノエルはそれ以上何も言わず、軽く手を振った。
「じゃあ、僕は行くから」
レオンたちの横を通り過ぎる。
図書室へ続く廊下を歩いていると、向こうから見慣れた少女がやって来た。
「あ」
ノエルへ気付いたルシエが、嬉しそうに手を振る。
「ノエル」
「待ちましたか?」
「いや、今来たところ」
ルシエはほっとしたように微笑んだ。
「今日も図書室でいいですか?」
「ああ」
「昨日読んでいた文献の続きが気になるしね」
「私もです」
二人は自然と並び、図書室へ向かって歩き始める。
「今日は魔粒子についての文献も探してみよう」
「いいですね」
「古代魔術との共通点が見つかるかもしれません」
「もし共通する記述があれば、魔素干渉についても調べ直せそうです」
先ほどまでの空気など、最初から存在しなかったかのように。
二人は楽しそうに研究の話を続ける。
その後ろ姿を、レオンたちは黙って見送っていた。
やがて、一人の男子生徒がぽつりと呟く。
「……また一緒だな」
「最近、ずっとだよな」
「もしかして、付き合ってるのか?」
「いや」
別の生徒が首を横へ振った。
「あれは違うだろ」
「じゃあ、何なんだよ?」
しばらく考えた後。
その生徒は、図書室へ消えていく二人を見つめながら答えた。
「研究仲間ってやつじゃないか?」
レオンは何も言わなかった。
ただ。
楽しそうに並んで歩く二人を、険しい表情で見つめていた。




