第45話 笑わなかった人
喫茶店を出る頃には、空は茜色に染まっていた。
二人は並んで学園への帰り道を歩く。
しばらくは今日読んだ古代文献の話をしていた。
「結局、今日も答えは見つからなかったね」
ルシエが苦笑する。
ノエルも肩をすくめた。
「でも、疑問は増えた」
「研究者としては、それも収穫なのかもしれないな」
「うん」
ルシエは嬉しそうに頷く。
「分からないことが増えると、調べたいことも増えるから」
しばらく夕焼けの道を歩く。
やがて、ノエルが照れくさそうに頭をかいた。
「……笑わないで聞いてくれよ」
ルシエが首を傾げる。
「え?」
「いや、たぶん笑うかもしれないけど」
少しだけ苦笑して続ける。
「僕には、どうしても解き明かしたい夢があるんだ」
その声音は、いつもの軽さとは違っていた。
ルシエは静かに耳を傾ける。
「どんな夢?」
ノエルは夕焼け空を見上げた。
「いつか知りたいんだ」
「魔法は、どこから来たのか」
ルシエの瞳がわずかに見開かれる。
「魔素は何なのか」
「魔粒子は、どうして火や水や風や土になるのか」
「精霊はどうやって生まれるのか」
「竜やエルフ、人間……生命は何を起点に存在しているのか」
一つひとつ、言葉を選ぶように続ける。
「全部繋がってる気がするんだ」
「魔法だけじゃない」
「世界そのものの根源へ辿り着ける気がする」
ルシエは黙って聞いていた。
ノエルは少しだけ苦笑する。
「前に先生へ話したことがある」
「そしたら笑われたよ」
その時のことを思い出すように、小さく息を吐く。
「『そんなものは一生かかっても分からない』って」
「『研究にもならない夢物語だ』って」
少しだけ寂しそうに笑う。
「だから、それ以来誰にも話してなかった」
ルシエは迷うことなく答えた。
「できますよ」
ノエルが思わず立ち止まる。
「……え?」
ルシエは穏やかに微笑んだ。
「まだ証明されていないだけです」
「だから、不可能だとは思いません」
ノエルは言葉を失う。
ルシエはゆっくりと言葉を続けた。
「研究って」
「不可能を証明するものじゃありません」
「可能性を探すものです」
「知らないことがあるなら調べる」
「証拠が足りないなら集める」
「もし違っていたら、また考え直せばいい」
夕陽が二人を優しく照らす。
「だから、夢を見ることまで諦める必要なんてありません」
ノエルは何も言えなかった。
胸の奥が熱くなる。
笑われると思っていた夢を。
否定されると思っていた夢を。
目の前の少女は、一度も笑わなかった。
しばらく歩いたあと、ノエルが照れくさそうに笑う。
「……ルシエ」
「ん?」
「また、一緒に研究しないか」
ルシエは嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんです」
「研究仲間が増えて嬉しいです」
その言葉に、ノエルも自然と笑みを浮かべる。
「じゃあ決まりだ」
「これからもよろしく」
「こちらこそ」
二人は再び歩き出す。
夕焼けに染まる帰り道。
並んで歩く足取りは、いつの間にか自然と揃っていた。




