第43話 古代文献
翌日の放課後。
ルシエとノエルは、学園図書室の一角に並んで座っていた。
机の上には、昨日古書店で見つけた『大賢者サイオス著 魔導原論 写本』。
その隣には現代の魔法理論書、古代魔術史、伝統魔法の教本、そしてルシエの研究ノートが積み重ねられている。
「じゃあ、続きを読もう」
「うん」
ルシエは写本をそっと開いた。
二人は昨日印を付けたページを開き、一文字ずつ慎重に読み解いていく。
古い文体は読みづらい。
かすれた文字も多く、意味を補いながら読み進めなければならなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがてノエルが、現代の教本を閉じた。
「やっぱり違うな」
「何が?」
「現代魔法理論だと、魔法はこう説明されてる」
教本を指差す。
「生物は外界の魔素を取り込み、魔力回路で魔力へ変換する」
「その魔力を使って属性魔粒子を制御し、魔法式を構築する」
「つまり、今の魔法は属性魔粒子が前提なんだ」
ルシエは頷いた。
「うん」
「だから私たちは、魔法を考える時も最初に属性を考える」
火。
水。
風。
土。
魔法とは、四属性を扱う技術。
それが、この時代の常識だった。
しかし――。
ルシエは写本へ視線を落とす。
「この本は違う」
ページの中央に、一文だけ丁寧な文字で記されていた。
『魔素は本来、形なき力である。
人はその力へ直接働きかけ、万象を動かしていた。』
二人は息をのむ。
「魔素へ……直接働きかける?」
ルシエが静かに呟く。
ノエルも眉をひそめた。
「属性魔粒子じゃないのか?」
「そう読める」
「でも……」
ルシエは腕を組む。
「現代理論では説明できない」
ノエルは考え込む。
「古い時代の理論だから、間違っていた可能性もある」
「そうかもしれない」
ルシエは素直に頷いた。
「でも」
「大賢者サイオスほどの人物が、根拠もなくこんなことを書くとは思えない」
写本へもう一度目を落とす。
そこには、この一文以外にも、現代理論では見慣れない表現がいくつもあった。
魔素。
循環。
干渉。
どれも断片的で、まだ繋がらない。
「……分からない」
ルシエは小さく息を吐き、研究ノートを開いた。
そして、その一文を書き写す。
『魔素は本来、形なき力である。
人はその力へ直接働きかけ、万象を動かしていた。』
書き終えると、その横へ一言だけ添えた。
『保留』
ノエルが首を傾げる。
「保留?」
ルシエは笑う。
「研究ってね」
「分からないことを、すぐ否定しちゃ駄目なの」
「今は理解できなくても、別の研究をしているうちに、急に意味が繋がることがあるから」
ノエルは感心したように頷く。
「だから残しておくんだ」
「うん」
「頭の片隅に置いておく」
「いつか、この一文が必要になるかもしれないから」
ノエルは少し笑った。
「君らしいな」
「え?」
「僕なら『変な理論だ』で終わってた」
ルシエは首を横に振る。
「新しい発見って、大抵は最初『変だ』って思われるものだから」
「だから私は、簡単には捨てたくない」
ノエルは静かに写本を閉じる。
「じゃあ、この本を全部読んでみよう」
「何か他にも繋がる記述があるかもしれない」
「うん」
ルシエは嬉しそうに頷いた。
二人は再び資料へ向き合う。
古代魔術。
伝統魔法。
現代魔法理論。
点だった知識を、一つずつ線へ変えていくように。
夕暮れの図書室には、紙をめくる音と、時折交わされる小さな議論だけが静かに響いていた。
この日、ルシエの研究ノートに書き加えられた「保留」の二文字。
それはまだ、一つの仮説にすぎない。
しかし、この小さな違和感こそが、やがて世界中の魔術師が信じてきた常識を書き換える、最初の一歩となるのだった。




