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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第42話 古書店

 放課後。


 魔法歴史学の講義を終えたルシエは、机の上へ広げたノートを見つめ、小さく息をついた。


「やっぱり、この資料だけじゃ足りないな……」


 引用文献だけでは、当時の魔術師が何を考え、どのような理論を築いていたのかまでは分からない。


 もっと古い資料が必要だった。


 隣で荷物をまとめていたノエルが顔を上げる。


「課題のこと?」


「うん」


「古代魔術文明について調べるなら、できれば一次資料を読みたいの」


「引用だけじゃ、本当に書かれていたことが分からないから」


 ノエルは少し考え込んだ。


「だったら古書店はどう?」


「王立図書館にもない魔導書が置いてある店を知ってる」


 ルシエの表情がぱっと明るくなる。


「本当?」


「ああ。せっかくだし、一緒に行こう」


「ありがとう!」


 二人は学園を出て、王都の裏通りへ向かった。


 細い石畳の路地を抜けた先に、小さな古書店が静かに佇んでいる。


 扉を開けると、革表紙の香りと、長い年月を重ねた紙の匂いが二人を包み込んだ。


 ルシエはそっと目を閉じ、小さく息を吸う。


「……いい匂い」


 思わず漏れた一言に、ノエルが首を傾げる。


「匂い?」


「うん」


 ルシエは少し照れくさそうに笑った。


「変かもしれないけど、古書のちょっとカビっぽい匂い、好きなの」


「昔の人が読んでいた本なんだなって思えるから」


 ノエルは思わず笑う。


「そこが好きなのか」


「うん」


「新品の本も好きだけど、古い本には時間が詰まってる気がするの」


 そう言って本棚へ歩いていくルシエを見て、ノエルは肩の力を抜いて微笑んだ。


「やっぱり、研究者だな」


 店主に案内され、二人は店の奥へ進む。


 本棚には年代物の魔導書や古い写本がぎっしりと並んでいた。


 ルシエは目を輝かせながら、一冊ずつ背表紙を眺めていく。


 その時だった。


「……あっ!」


 小さな声が店内へ響く。


 ノエルが振り向くと、ルシエは一冊の魔導書を胸へ抱きしめていた。


 表紙には金文字で刻まれている。


『大賢者サイオス著 魔導原論 写本』


「これ……!」


 瞳がきらきらと輝く。


「探してた本なの!」


 普段は冷静なルシエが、今にも飛び跳ねそうなほど嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「そんなにすごい本なのか?」


 ノエルが尋ねると、ルシエは何度も頷く。


「昔読んだ論文で引用されていた原典なの」


「原本は失われていて、写本すら現存しないって言われてたんだよ」


「まさか、ここで出会えるなんて……」


 大切な宝物を抱き締めるように、本を胸へ引き寄せる。


 その姿は、研究者というより、本が大好きな少女そのものだった。


(こんな顔もするんだな)


 ノエルは思わず見入ってしまう。


 いつも落ち着いていて、何事にも動じない。


 そんな彼女が、こんなにも無邪気に笑うとは思っていなかった。


(……可愛い)


 胸の内に浮かんだ言葉へ、自分でも少し照れてしまう。


 二人は閲覧席へ腰を下ろした。


 ルシエは夢中でページをめくっていく。


「これも……」


「この記述も残ってたんだ」


「すごい……」


 独り言を漏らしながら、幸せそうに文字を追い続ける。


 その横顔を見ているだけで、ノエルまで自然と笑顔になっていた。


(研究してる時、本当に楽しそうだな)


 一冊の本を読んでいるだけなのに、その時間そのものを心から楽しんでいる。


 そんなルシエの姿が、どこか眩しかった。


 ふと、ルシエの手が止まる。


「……これ」


 真剣な表情で、一つのページを見つめている。


 しばらく読み込んだあと、小さく呟いた。


「気になるな……」


「何かあったの?」


 ノエルが尋ねる。


 ルシエは首を横に振った。


「ううん」


「少し引っかかる文章があっただけ」


「ちゃんと時間をかけて読んでみたい」


 その時、店内の古時計が閉店を告げる鐘を鳴らした。


「あっ、もうこんな時間」


 ルシエは名残惜しそうに本を閉じる。


「続きは学園で読もう」


「ああ」


 店主へ礼を告げ、二人は古書店を後にした。


 夕暮れの石畳を並んで歩く。


 ルシエは写本を大切そうに抱えながら、満面の笑みを浮かべていた。


「今日は本当に来てよかった」


「ありがとう、ノエル君」


 ノエルは照れくさそうに笑う。


「礼を言うのは僕の方だよ」


「君といると退屈しない」


 ルシエは不思議そうに首を傾げた。


「?」


 ノエルは苦笑する。


「……何でもない」


 ルシエもふわりと微笑んだ。


「また、一緒に本を探しに行こう」


「ああ」


 二人は夕日に照らされた石畳を肩を並べて歩いていく。


 今日見つけたのは、一冊の貴重な古い写本。


 そして、お互いがまだ知らなかった、新しい一面だった。

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