第32話 理論試験
王立魔法学校で、入学後初となる理論試験が行われた。
試験科目は、魔法理論学、魔法物理学、魔法工学、魔法医学、魔粒子学、魔法歴史学。
単なる用語の暗記だけではない。
魔法式の解析。
現象の発生原因。
既存理論の問題点。
そして、複数の学問を関連付けて考察する記述問題まで出題される。
試験開始の鐘が鳴った。
生徒たちは一斉に答案へ向かう。
「なんだよ、これ……」
「こんなの授業でやったか?」
教室のあちこちから、小さな呻き声が漏れた。
最後の記述問題。
『魔法式の効率を左右する要素を三つ挙げ、それぞれが魔法へ与える影響を説明せよ』
決まった答えを書くだけでは足りない。
魔力伝導率。
魔粒子の純度。
魔法式の構築精度。
それぞれがどのように関係し、魔法へ影響を及ぼすのか、自らの言葉で論理的に説明する必要がある。
レオンは答案を睨みつけた。
(こんな問題、どうやって答えるんだよ)
苛立ちながら前の席を見る。
ルシエは迷うことなく、静かに筆を走らせていた。
答案用紙の余白が、次々と文字で埋まっていく。
一度も手を止めない。
最後まで書き終えると、試験時間を十分に残したまま筆を置いた。
その姿を見たレオンは、小さく舌打ちした。
(また知ったような顔をしやがって)
◇
数日後。
職員室。
採点を終えた教授たちが、一枚の答案を囲んでいた。
机の中央に置かれているのは、ルシエ・フローレンスの答案である。
「……全科目、満点です」
採点担当の教授が、信じられないという表情で呟く。
「選択問題だけではありません」
「計算問題、魔法式の解析、記述問題まで、一切の減点箇所がありません」
魔法工学の教授が答案を手に取った。
「この設問……」
「既存術式の魔力損失まで指摘している」
「模範解答以上だ」
魔法医学の教授も目を見開く。
「症例ごとの魔力回路の変化まで説明している」
「一年生が答えられる内容ではない」
さらに、最後の論述問題へ目を通した教授が思わず息を呑んだ。
「……なんだ、この内容は」
その一言で、他の教授たちも答案を覗き込む。
「あり得ない……」
「学生の論述じゃない」
「まるで研究者の考察だ」
「授業内容をまとめた答案じゃないぞ」
「複数の理論を結び付けて、自分なりの結論を導き出している」
「模範解答を補足しているどころか、発展させているじゃないか」
職員室が騒然となる。
魔法工学の教授が思わず声を上げた。
「一年生だぞ!?」
「こんな論述を書けるわけがない!」
誰もが驚きを隠せなかった。
一人の教授が呟く。
「父親から教わった知識でしょうか……」
その問いに、アルベールは静かに首を横へ振る。
「知識を教わっただけでは、この答案は書けません」
彼は論述部分を指先でなぞる。
「覚えた理論を並べているのではない」
「理解し、咀嚼し、自分の理論として再構築している」
教授たちの間へ沈黙が落ちる。
賢者アルフォンス・フローレンスの娘。
その肩書きを抜きにしても――。
この答案は、学生の域を明らかに超えていた。
「実技では、一度も属性魔法を発動できていないのですよね?」
「ああ」
「それなのに理論だけは……」
誰も、その先を口にはしなかった。
◇
試験結果が掲示板へ張り出された。
一位。
ルシエ・フローレンス。
全科目百点。
一瞬、廊下が静まり返る。
次の瞬間。
「全部満点?」
「記述まで完璧だって?」
「採点ミスじゃないのか?」
「さすがにあり得ないだろ」
驚きと疑念の声が飛び交った。
ルシエは順位表を確認すると、静かにその場を離れようとする。
その背中へ、レオンが声を投げた。
「ずいぶん都合のいい点数だな」
ルシエは足を止める。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
レオンは順位表を睨みながら言った。
「賢者の娘なら、試験問題くらい事前に知ってても不思議じゃない」
周囲からも同調する声が上がる。
「教授に贔屓されてるんじゃない?」
「入学試験も本当に実力だったのか?」
「魔法も使えない奴が首席なんて、おかしいだろ」
ルシエはしばらく黙っていた。
そして静かにレオンを見る。
「答案は、すべて教授方が保管しています」
「疑問があるのでしたら、確認を申し出てください」
「私は、何度試験を受けても構いません」
怒りも見せない。
言い返そうともしない。
ただ、事実だけを述べた。
その冷静な態度が、かえってレオンの神経を逆撫でした。
「……調子に乗るなよ」
吐き捨てるように言い残し、レオンはその場を去っていく。
ルシエは順位表を振り返らなかった。
満点を取ることが目的ではない。
自分に足りないものを知る。
そのために試験を受けただけなのだから。
◇
少し離れた場所で、そのやり取りを見ていたノエルは腕を組んだ。
(記述問題まで完璧か)
(本当に、知識だけなのか?)
暗記だけで、あの論述は書けない。
ルシエは知識を覚えているのではない。
知識を理解し、繋ぎ合わせ、自分自身の考えとして組み立てている。
それどころか――。
(教授たちより先まで、見えているんじゃないか)
ノエルは小さく息を吐いた。
(やっぱり、面白い奴だ)
その興味は、この日を境に確信へと変わり始めていた。




