第28話 魔法工学
午後の授業。
教壇へ立った教授は、生徒たちをゆっくり見渡した。
「諸君」
「今、君たちが手にしている魔法杖」
「それもまた、魔法工学によって生み出された魔道具の一つだ」
生徒たちは一斉に自分の杖へ視線を落とす。
教授は一本の杖を掲げた。
「魔法杖は、それ自体が魔法を生み出す道具ではない」
「役割は、術者の魔力回路を補助し、魔力伝導率を高め、魔力損失を減らすことだ」
「つまり、より少ない魔力で、より安定した魔法を発動できるよう補助してくれる」
教授は教壇へ数本の杖を並べた。
「もちろん、魔法杖にも優劣がある」
「工房ごとに設計思想が異なるからだ」
一番美しい一本を手に取る。
「世界最高峰と称されるのが、ルーデル=カルテ工房」
「完全受注生産の一点物であり、使用者の魔力回路や身体、魔法の特性まで調べたうえで設計される」
「魔力伝導率と制御性能は、他の工房の追随を許さない」
教室から感嘆の声が漏れる。
教授は別の杖を掲げた。
「ランポーネ工房は高出力重視」
「使いこなせば絶大な威力を発揮するが、制御が難しく『暴れ馬』とも呼ばれている」
続いて、装飾の少ない杖を持ち上げる。
「ゾイナー工房は堅実さが売りだ」
「耐久性と安定性に優れ、初心者から熟練者まで幅広く愛用されている」
最後に短杖を示した。
「そしてオルジー工房」
「短杖専門の工房で、医師や研究者に愛用者が多い」
四本の杖を教壇へ戻す。
「どれが優れているという話ではない」
「術者に合った杖こそ、最高の杖なのだ」
続いて、机の上へ小さな魔道具を置いた。
「そして、魔法工学とは」
「魔法を人々の暮らしへ応用する学問だ」
「照明、暖房、輸送、結界――」
「この国の魔導文明は、すべて魔法工学の上に成り立っている」
魔道具が淡く光を放つ。
「今日学ぶのは、その心臓部とも言える魔法陣だ」
教授は黒板へ複雑な魔法陣を書き始めた。
「魔法陣とは、魔法式を図形として固定したもの」
「魔法石から取り出した魔力を、この術式に従って流すことで魔道具は動作する」
「魔法陣が複雑になるほど高度な機能を持たせられるが、その分だけ魔力損失も増える」
生徒たちは熱心にノートを書き進める。
ルシエも黒板を書き写していたが、ある一点で手が止まった。
(……あれ?)
黒板の魔法陣を見つめる。
何度も視線を往復させ、小さく手を挙げた。
「先生」
教授が振り返る。
「どうしたね?」
ルシエは黒板の一角を指差した。
「この制御術式ですが」
「こちらと、こちらで同じ処理を二度行っています」
教授は眉をひそめた。
「二重になっていると?」
「はい」
「こちらへ統合すれば、同じ動作を維持したまま魔力損失を減らせると思います」
教室が静まり返る。
教授は腕を組み、黒板を見つめた。
「……面白い」
「実際に試してみよう」
教授はルシエの指摘どおりに魔法陣を書き換える。
机の上の魔道具へ魔力を流し込んだ。
淡い光が灯る。
正常に作動した。
教授はすぐに計測用魔道具へ目を向ける。
「なっ……!」
思わず声を漏らした。
教室がざわつく。
「どうしたんですか?」
教授は計測値を見つめたまま呟く。
「消費魔力が……減っている」
もう一度起動する。
結果は同じ。
三度目。
やはり変わらない。
「間違いない……」
「同じ性能のまま、魔力損失だけが減っている!」
教授の目が輝いた。
「素晴らしい!」
「これは実に興味深い!」
慌ただしく教材を抱え始める。
「諸君!」
「今日の授業はここまでだ!」
「自習!」
「私は研究室へ戻る!」
そのまま教室を飛び出そうとしたが、扉の前で立ち止まる。
「ルシエくん!」
「放課後、研究室へ来なさい!」
「ぜひ君の考えを詳しく聞かせてくれ!」
「は、はい」
教授は満足そうに頷くと、そのまま廊下を駆け去っていった。
教室には静寂が流れる。
「……教授」
「授業放り出して行ったぞ」
「一年生の指摘で?」
「初めて見た」
ざわめきが広がる。
レオンは舌打ちした。
「ちっ」
「また知識をひけらかしやがって」
「目立ちたいだけだろ」
周囲の生徒も同調する。
「賢者の娘だからって調子に乗ってるよな」
「実技もできないくせに」
「理屈だけなら一流ってか」
陰口が飛び交う。
しかしルシエは気にすることなく、ノートへ視線を落とした。
(魔力損失を減らせるなら……)
(もっと効率のいい魔道具が作れるかもしれない)
彼女の思考は、すでに次の研究へ向かっている。
一方。
ノエルだけは静かにルシエを見つめていた。
(違う)
(あいつは知識を披露したかったわけじゃない)
(魔法陣を見て、仕組みを理解したからこそ、改良案が浮かんだんだ)
普通の学生なら、魔法陣は覚えるもの。
ルシエは違う。
**「なぜ、その術式なのか」**を考えている。
ノエルは小さく口元を緩めた。
(……やっぱり面白い)
ルシエ・フローレンス。
その少女への興味は、確かなものへと変わり始めていた。




