第24話 研究者
翌日のホームルーム。
担任のギデオン・クラウゼは教壇へ立つと、黒板へ大きく数字を書き並べた。
十級。
九級。
八級。
七級。
六級。
五級。
四級。
三級。
二級。
そして――一級。
「今日は、本校の評価制度と、研究者の道について説明する」
教室が静まり返る。
「王立魔法学校では、生徒全員に校内等級が与えられる」
「十級から始まり、一級が最高だ」
ギデオンはチョークを走らせる。
筆記。
実技。
研究。
素行。
「評価対象はこの四つ」
「どれか一つだけ優れていても、一級にはなれない」
「魔法使いとして、そして研究者として、総合的な力が求められる」
一人の男子生徒が手を挙げた。
「研究も成績になるんですか?」
「ああ」
「本校は戦う魔術師を育てるだけの学校ではない」
「新しい魔法理論や魔法式を生み出し、世界を発展させる研究者も育成している」
「優れた論文や研究成果は、校内等級にも大きく反映される」
ルシエは思わず顔を上げた。
研究も評価される。
胸の奥が少し熱くなる。
「卒業後の進路も様々だ」
黒板へ新たな文字が並ぶ。
騎士団。
研究所。
魔道具工房。
大学院。
魔法省。
「研究職を目指す者の多くは、王立魔法協会と関わることになる」
続いて八つの称号が書かれた。
魔術師。
大魔術師。
魔法師。
大魔法師。
魔導師。
大魔導師。
賢者。
大賢者。
「これは王立魔法協会が授与する研究者称号だ」
「研究成果や社会への貢献によって授与される」
教室から感嘆の声が漏れる。
「称号って、どうすればもらえるんですか?」
「方法は大きく三つある」
ギデオンは黒板へ書き加えた。
一、研究成果。
二、学歴。
三、協会への貢献。
「新しい魔法理論、魔法、治療法、魔道具などを完成させ、王立魔法協会に認められれば、その功績に応じた称号が授与される」
「極めて優れた成果なら、複数階級を飛び越えて昇格する特例も存在する」
教室がざわつく。
「学歴による取得もある」
「大学卒業で魔術師」
「大学院修士で大魔術師」
「博士課程修了で魔法師」
「ただし、それ以降は研究成果や功績が必要だ」
「さらに、長年にわたり魔術文明へ貢献した者へ授与される場合もある」
「教育、災害対策、研究施設の運営、技術普及なども評価対象だ」
「そして、どの称号も審査だけで終わるわけではない」
ギデオンは教室を見渡した。
「候補者より二階級以上高い称号を持つ研究者の推薦が必要になる」
「推薦者は研究能力だけでなく、人柄や研究倫理にも責任を負う」
「高位研究者から推薦されること自体が、大きな信用となる」
生徒たちは真剣に聞き入っていた。
ギデオンはさらに黒板へ書き加える。
紫色号。
青色号。
赤色号。
黄色号。
白色号。
黒色号。
「もう一つ覚えておけ」
「研究者称号とは別に、『色号』と呼ばれる名誉称号が存在する」
教室がざわめく。
「これは特定分野で歴史的な功績を残した研究者へ贈られる称号だ」
「研究者称号のような階級ではない」
「その研究者が何を成し遂げたかを象徴する名誉である」
一人の男子生徒が手を挙げる。
「先生も色号を持っているんですか?」
「ああ」
ギデオンは淡々と答えた。
「私は大魔法師。そして白色号だ」
一瞬、教室が静まり返る。
「えぇっ!?」
「先生ってそんなにすごかったのか!」
驚きの声が広がる。
しかしギデオンは表情を変えない。
「勘違いするな」
「色号は強さを示すものではない」
「私は魔法教育と魔法理論の普及への功績を評価され、白色号を授与された」
「どの色号にも優劣はない」
「それぞれ異なる分野で世界へ貢献した証だ」
一拍置き、静かに続ける。
「……もっとも」
「一般には、紫色号と青色号は特に希少とされている」
「歴史上でも授与された者は極めて少ない」
「世界の魔術史を書き換えた研究者たちの称号だ」
ルシエは黒板を見つめた。
父、アルフォンス・フローレンス。
賢者。
そして紫色号。
世界中から尊敬された研究者。
けれど――。
(私は、お父さんと同じになりたいわけじゃない)
(私には、私の理由がある)
ギデオンは最後に「魔法省」と書く。
「王立魔法協会が学問を司る組織なら、魔法省は研究成果を社会へ還元する行政機関だ」
魔法理論局。
魔法工学局。
魔道具局。
錬金局。
災害対策局。
そして――魔法医学局。
「それぞれの専門分野で、研究成果を国民の生活へ役立てている」
魔法医学局。
その名を聞いた瞬間、ルシエの鼓動が少し速くなった。
授業終了の鐘が鳴る。
生徒たちは次々と席を立っていく。
ルシエは窓の外を見つめ、小さく拳を握った。
(卒業する)
(魔法医学局へ入る)
(そして――)
(お母さんを救う)
その決意に、もう迷いはなかった。
その日の夜。
寮の部屋は静まり返っていた。
窓から差し込む月明かりが、机の上を淡く照らしている。
ルシエは父の形見である魔法理論書を静かに開いた。
ページの端には、父が書き残した細かな注釈が並んでいる。
その文字を指先でなぞりながら、一枚、また一枚とページをめくる。
やがて本を閉じ、小さく呟く。
「魔法が使えなくても構わない」
その瞳には、もう迷いはなかった。
「私は――理論で世界を変える」
月明かりの下。
少女は再び理論書を開く。
研究者としての第一歩が、静かに始まった。




