第23話 呪文返し
護身魔法の実技場。
ルシエが立ち上がると、レオンは鼻で笑った。
「もう終わりかと思ったぞ、主席様」
周囲から失笑が漏れる。
ルシエは静かに杖を構えた。
護身魔法の授業。
本来なら武装解除や足払い、呪文返しなどを学ぶ時間だ。
だが、レオンにはそんな気はなかった。
「誰が主席に相応しいか、分からせてやる」
魔力が杖へ集まる。
空気中の風の魔粒子が引き寄せられ、魔法式が高速で組み上がっていく。
――風魔法。
教師が制止するよりも早かった。
「《ウィンドバレット》!」
鋭い風弾がルシエへ向かって放たれる。
護身魔法ではない。
明らかな攻撃魔法だった。
ルシエは反射的に押圧を構えた。
しかし――。
(間に合わない……!)
伝統魔法では威力が足りない。
避けることもできない。
その瞬間。
「――《呪文返し》」
低く落ち着いた声が響いた。
風弾へ別方向から魔素が流れ込む。
次の瞬間。
バチッ――!
風弾を構成していた魔法式が音を立てて崩壊した。
風の魔粒子は四散し、魔法は跡形もなく消滅する。
実技場が静まり返った。
「なっ……!」
レオンが目を見開く。
呪文返し。
発動済みの魔法へ魔素をぶつけ、魔法式そのものを崩壊させる護身魔法。
高度な魔法式解析を必要とするため、一年生で使いこなせる者はほとんどいない。
皆の視線が、一人の少年へ集まった。
黒髪。
整った顔立ち。
そして、どこか他人へ興味のないような静かな瞳。
ノエル・アルヴィンだった。
レオンは怒鳴る。
「何のつもりだ!」
ノエルは表情一つ変えない。
「これは護身魔法の授業だ」
静かな声だった。
だが、実技場の隅々までよく通る。
「一方的に痛めつける授業じゃない」
その一言だけで、場の空気が変わる。
レオンは歯を食いしばった。
「……邪魔しやがって」
教師もようやく我に返る。
「レオン! 属性魔法の使用は禁止だ!」
レオンは舌打ちすると、悔しそうに杖を下ろした。
ノエルはそれ以上何も言わず、踵を返す。
ルシエは慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございました」
ノエルは足を止める。
「君を助けたわけじゃない」
振り返ることもなく言った。
「次は、自分で身を守れる方法を考えろ」
それだけ残し、歩き去っていく。
ルシエはその背中を見つめた。
冷たい言葉だった。
それなのに、不思議と責められた気はしなかった。
自分に足りないものを、そのまま突きつけられた気がした。
「……はい」
小さく返事をすると、ノエルはもう振り返らなかった。
それが、ルシエ・フローレンスとノエル・アルヴィン。
二人が初めて言葉を交わした瞬間だった。




