第21話 伝統魔法
午後。
王立魔法学校・護身魔法実習場。
広い訓練場へ、生徒たちが整列していた。
教壇へ立ったのは、白髪交じりの壮年教師だった。
教師は周囲を見渡し、静かに口を開く。
「本日から護身魔法の授業を始める」
「その前に、一つ質問だ」
教師は一本の杖を掲げた。
「現在、世界で最も普及している魔法体系は何だ?」
数人の生徒が即座に答える。
「通常魔法です」
「四大属性魔法です」
教師は頷いた。
「その通り」
「では、属性魔法が生まれる前、人々は何を使っていたと思う?」
教室は静まり返る。
答えられる者はいなかった。
教師はゆっくりと黒板へ文字を書く。
――伝統魔法。
「これが最古の魔法体系だ」
「今では属性魔法の基礎訓練程度にしか扱われていないが、かつては世界中の魔術師が、この魔法だけで生きていた」
生徒たちがざわつく。
「伝統魔法は、火、水、風、土の属性魔粒子を必要としない」
「周囲に存在する魔素そのものへ直接干渉し、単純な運動を生み出す魔法だ」
教師は黒板へ代表例を書き並べていく。
浮遊。
念動。
押圧。
引力。
衝撃。
制動。
「派手さはない」
「だが、人を守る護身魔法の基礎は、この伝統魔法から生まれた」
教師は足元に置かれていた木箱へ杖を向けた。
「――浮遊」
次の瞬間。
木箱が音もなく宙へ浮かび上がった。
高さは一メートルほど。
ゆっくりと空中を移動し、教師の手元へ滑るように戻ってくる。
実演が終わると、生徒たちから失笑が漏れた。
「地味……」
「浮かせるだけかよ」
「そんな魔法、戦闘じゃ役に立たないだろ」
「古臭い魔法だな」
教師は何も言い返さなかった。
ただ静かに生徒たちを見つめる。
「では、実際にやってみろ」
生徒たちは順番に挑戦していく。
魔素へ意識を向け、杖を構える。
しかし、木箱はほとんど動かない。
数センチ揺れる程度。
あるいは、まったく反応しない。
「難しい……」
「属性魔法とは感覚が違う」
「魔粒子を集める方が楽だ」
教師は淡々と評価を書き込んでいく。
やがて、ルシエの番が来た。
周囲から小さな笑い声が聞こえる。
「あいつがやるのか」
「どうせ無理だろ」
「属性魔法も使えないのに」
ルシエは深く息を吸った。
父から受け継いだ長杖を静かに構える。
(焦らない)
(魔素を感じる)
(ゆっくり……)
杖の先へ意識を集中する。
「――浮遊」
木箱が、わずかに震えた。
そして。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
床から数センチだけ浮かび上がった。
そのまま数秒間、空中で静止する。
やがて魔力が尽き、木箱は静かに床へ戻った。
訓練場は一瞬だけ静まり返る。
「……低っ」
「数センチじゃないか」
「それだけ?」
「実技最下位らしいな」
笑い声が広がる。
だが、一人だけ表情を変えた者がいた。
教師だった。
(初めてとは思えない制御だ)
(しかも、四属性適性なしで……?)
教師はルシエをじっと見つめる。
しかし、その驚きを口にはしなかった。
授業終了後。
訓練場を出ようとしたルシエの前へ、レオン・ヴァルハイトが立ちはだかる。
腕を組み、冷たい視線を向けた。
「そんな魔法で、何ができる」
ルシエは答えなかった。
ただ、父の形見の杖を握り締める。
胸の奥で、小さな悔しさだけが静かに燃えていた。




