第20話 無能
属性適性検査が終わった翌日。
王立魔法学校では、一人の新入生の話題で持ちきりだった。
「聞いたか?」
「主席なのに属性適性ゼロらしいぞ」
「四属性全部反応しなかったって」
廊下。
食堂。
図書館。
噂は瞬く間に校内へ広がっていく。
「本当に主席なのか?」
「親が賢者だから優遇されたんじゃないか?」
「アルフォンス先生の娘だからな」
「七光りってやつだろ」
「実力じゃなくて、コネ入学じゃないのか?」
誰も真実など知らない。
それでも、人は都合の良い答えを見つける。
主席だった少女は、一夜にして『無能』となっていた。
◇
朝の講義。
一人の男性教師が教室へ入ってくる。
四十代半ば。
乱れのない黒髪。
眼鏡の奥には、冷静な眼差しが宿っていた。
「今日から諸君らの担任を務める」
「ギデオン・クラウゼだ」
短い自己紹介だけで教室は静まり返る。
厳格。
その一言がよく似合う人物だった。
ギデオンは教壇へ立つと、生徒たちを見回した。
「私は研究者だ」
「故に、結果を重んじる」
教室には誰一人として私語をする者はいない。
「理論は重要だ」
「だが、理論だけでは魔術師とは呼べない」
ルシエは静かに顔を上げた。
「どれほど美しい理論であろうと、自ら証明できなければ意味はない」
「実験し、再現し、証明する」
「それが研究者だ」
ギデオンの視線が、一瞬だけルシエへ向く。
「証明できない理論に、価値はない」
教室が静まり返る。
ルシエは何も言い返せなかった。
その言葉は間違っていない。
研究とは、仮説を立てるだけでは終わらない。
証明して初めて価値を持つ。
父も、いつもそう言っていた。
◇
その日の午後。
最初の実技授業が始まった。
「まずは基本となる属性魔法だ」
教師は火球魔法の魔法式を黒板へ描く。
「各自、一度発動してみなさい」
生徒たちは順番に前へ出る。
火花が散る者。
小さな炎を生み出す者。
失敗する者もいたが、それでも火属性適性を持つ者は、何らかの反応を見せていた。
「次」
「ルシエ・フローレンス」
ルシエは杖を握り、前へ出る。
魔法式を頭の中で組み立てる。
魔力を流す。
だが。
何も起こらない。
もう一度。
もう一度。
結果は同じだった。
炎は生まれない。
火花すら散らない。
教室の後ろから、小さな笑い声が聞こえた。
「やっぱり使えないんだ」
「主席なのに?」
「座学だけかよ」
ギデオンは表情一つ変えず、名簿へ記録を書き込む。
「発動失敗」
「次」
それだけだった。
励ましもない。
慰めもない。
ただ結果だけが記録される。
火属性。
水属性。
風属性。
土属性。
すべて試した。
しかし、ルシエの前では一度も魔法は発動しなかった。
その日の実技評価は、当然ながら最下位だった。
◇
授業を終え、ルシエは一人で廊下を歩いていた。
すれ違う生徒たちが、小声で囁く。
「見ろよ」
「あれが主席」
「無能なのに?」
「なんであんな奴が主席なんだ」
誰も面と向かっては言わない。
けれど、その言葉は確かに耳へ届いていた。
「無能」
たった二文字が、胸へ深く突き刺さる。
ルシエは立ち止まることなく歩き続けた。
ぎゅっと拳を握り締めながら。




