第19話 属性適性
入学試験の成績発表が終わると、担任教師は教卓の下から透明な結晶を取り出した。
人の頭ほどもある、無色の水晶。
内部には、淡い光が霧のように漂っている。
「続いて、属性適性検査を行う」
教室の空気が再び引き締まった。
教師は水晶を教卓の中央へ置く。
「これは魔水晶だ」
「内部の魔素を使い切った魔石であり、周囲の魔素や魔力を受け取ることで反応する」
生徒たちの視線が、水晶へ集まる。
「まず、簡単に説明しておこう」
「魔素とは、この世界のあらゆる場所に存在する魔法の根源だ」
「私たちの身体は周囲の魔素を取り込み、体内の魔力回路を通して魔力へ変換している」
教師は魔水晶へ手をかざす。
「そして、魔素を構成する最小単位を魔粒子と呼ぶ」
「魔術師の間では、エレメントと呼ぶことの方が多い」
魔水晶の内部へ、四つの小さな光が浮かび上がった。
赤。
青。
緑。
黄。
「基本となるエレメントは、火、水、風、土の四種類だ」
「属性適性とは、術者がどのエレメントを引き寄せ、制御しやすいかを示すものだ」
教師が魔水晶から手を離すと、四つの光は静かに消えた。
「検査方法は簡単だ」
「魔水晶へ手を触れ、少量の魔力を流せばいい」
「適性のある属性に応じて、水晶が発光する」
一人の生徒が手を挙げる。
「複数の属性に適性がある場合は、どうなるんですか?」
「複数の色が同時に現れる」
「もっとも、一属性のみが一般的だ」
「二属性なら優秀」
「三属性ともなれば、滅多に現れない」
教師は名簿を開いた。
「それでは、順番に検査を始める」
名前を呼ばれた生徒たちが、一人ずつ教卓の前へ進んでいく。
最初の生徒が魔水晶へ触れると、内部に黄色い光が灯った。
「土属性」
次の生徒は青。
「水属性」
その次は緑。
「風属性」
赤い光が現れた時には、教室から小さな歓声が上がった。
「火属性か」
「すごいな」
火属性は、四大属性の中でも扱いが難しいとされている。
適性を持つだけでも、周囲から羨望の眼差しを向けられるほどだった。
検査が進むにつれ、教室にも少しずつ明るい空気が戻っていく。
やがて、教師が一人の名前を呼んだ。
「ノエル・アルヴィン」
「はい」
最後列から、黒髪の少年が立ち上がる。
入学試験で実技最高点を記録した少年。
教室中の視線を集めながら、ノエルは落ち着いた足取りで教卓へ向かった。
魔水晶の前に立ち、右手を触れる。
次の瞬間。
赤い光が灯った。
「火属性!」
続いて青。
緑。
黄。
四つの光が、魔水晶の中で同時に輝き始めた。
「なっ……」
教師が目を見開く。
四色の光は互いに混ざることなく、水晶の内部を鮮やかに巡っていた。
「四属性……」
教室が静まり返る。
教師は信じられないものを見るように、ノエルと魔水晶を交互に見た。
「火、水、風、土」
「すべての属性に適性がある」
一瞬の沈黙。
直後、教室中から大きな歓声が上がった。
「すげえ!」
「四属性なんて初めて見た!」
「さすが実技最高点だ!」
惜しみない拍手がノエルへ送られる。
ノエル自身もわずかに目を見開いていたが、すぐに口元へ自信に満ちた笑みを浮かべた。
教師も感嘆を隠せない。
「全属性適性か」
「王立魔法学校でも、数十年に一人現れるかどうかだ」
ノエルは教室を見渡す。
そして一瞬だけ、窓際へ視線を向けた。
主席となったルシエが座る席へ。
ルシエは素直に手を叩いていた。
四つすべての属性に適性がある。
研究者を目指す彼女にとっても、興味深い結果だった。
同時に、胸の奥がわずかに重くなる。
検査はその後も続いた。
二属性へ適性を示す者が現れると、教室から拍手が起こる。
一属性だけの者も、教師から今後の学習方針を伝えられ、安堵した表情で席へ戻っていく。
そして。
「次、ルシエ・フローレンス」
名前を呼ばれた瞬間。
ルシエの心臓が大きく鳴った。
再び教室中の視線が集まる。
主席は、どの属性に適性を持っているのか。
誰もが興味を抱いていた。
ルシエは静かに立ち上がる。
けれど、教卓へ向かう足取りは少しだけ重かった。
――予感はしていた。
属性魔法への適性を持つ者には、幼い頃から何らかの予兆が現れる。
火属性なら、不意に火花が散る。
水属性なら、周囲の水滴が浮かび上がる。
風属性なら、閉ざされた部屋の中でも風が吹く。
土属性なら、足元の地面が揺れたり、わずかに盛り上がったりする。
それは、物心がつく頃には自然と現れるものだった。
けれど、ルシエには一度もなかった。
火花が散ったこともない。
水滴が浮いたこともない。
風が吹いたこともない。
大地が動いたこともない。
どれほど魔法書を読み込んでも。
どれほど魔法式を理解しても。
属性魔法だけは、一度も発動できなかった。
扱えるのは、物体をわずかに動かす程度の基本魔法だけ。
それすらも、杖がなければ満足に安定しない。
ルシエは魔水晶の前へ立った。
「手を置き、ゆっくりと魔力を流しなさい」
「はい」
右手を水晶へ触れる。
ひんやりとした感触が、手のひらへ伝わってくる。
ルシエは深く息を吸い、体内の魔力を意識した。
魔力回路を巡る魔力を、ゆっくりと右手へ集める。
そして魔水晶へ流し込んだ。
――何も起こらない。
魔水晶は、透明なままだった。
赤も。
青も。
緑も。
黄も。
どの光も現れない。
教室から、ざわめきが起こる。
「……もう一度だ」
教師の声にも戸惑いが混じっていた。
「魔力を強く流しすぎないように」
「少量ずつ、ゆっくりと流してみなさい」
「はい」
ルシエはもう一度、慎重に魔力を流す。
しかし。
魔水晶は、沈黙したままだった。
「故障か……?」
教師は別の魔水晶を用意した。
「こちらで再検査する」
ルシエは新しい魔水晶へ手を置く。
もう一度。
今度こそ。
心のどこかで、光が灯ることを願った。
火でなくてもいい。
水でも。
風でも。
土でも。
どれか一つでいい。
けれど。
どれほど魔力を流しても、水晶は光らなかった。
「……火属性、反応なし」
教師が低い声で呟く。
「水属性、反応なし」
「風属性、反応なし」
「土属性も……反応なし」
教室のざわめきが大きくなっていく。
「まさか、魔力がないのか?」
「でも、筆記試験では魔力量も測ったはずだろ?」
教師は別の測定器を取り出し、ルシエの魔力量を確認する。
表示された数値を見て、眉を寄せた。
「魔力量は……平均値」
続いて、魔力回路の状態を調べる。
「魔力回路にも異常はない」
教師は言葉を失った。
魔力量は普通。
魔力回路も正常。
それなのに、四属性すべてへ反応を示さない。
「属性適性が……一つもない?」
その言葉が、教室へ重く落ちた。
先ほどまでルシエへ向けられていた好奇の視線が、少しずつ別のものへ変わっていく。
困惑。
失望。
嘲笑。
「主席なのに?」
「属性魔法を使えないってことか?」
「じゃあ、実技試験で見なかったのも当然だな」
囁き声が、教室のあちこちから聞こえてくる。
ルシエは魔水晶から手を離した。
分かっていた。
予感もしていた。
それでも、目の前で否定されるまで、どこかに期待が残っていた。
学校へ入れば。
正しい方法で検査を受ければ。
自分にも、何か一つくらい見つかるかもしれない。
そんな小さな希望は、光ることのなかった魔水晶とともに消えていた。
ルシエが席へ戻ろうとした時。
誰かが、小さく呟いた。
「なんだよ……」
静かな教室では、その声がはっきりと聞こえた。
「知識だけの無能じゃないか」
ルシエの足が、一瞬だけ止まった。
けれど振り返ることはせず、何も言わないまま自分の席へ戻った。




