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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第15話 魔素汚染

 アウローラ魔導国。


 王都アウローラ。


 魔王領に最も近い東部地区で、ルシエ・フローレンスは母エレーヌと二人で暮らしていた。


 ルシエは十五歳。


 まだ王立魔法学校へ入学してはいない。


 それでも幼い頃から父の書斎へ通い詰め、魔法書や研究資料を読み漁って育った。


 魔法理論だけなら、大人の研究者にも引けを取らない。


 しかし、その知識を証明する場所は、まだどこにもなかった。


 父アルフォンス・フローレンスは、既にこの世にはいない。


 王立魔法協会より賢者の称号と紫色号を授かった、アウローラ魔導国屈指の魔術研究者だった。


 四年前。


 魔王時代末期。


 各地で相次いでいた魔物の異常発生と魔素災害の調査へ向かい、そのまま帰らぬ人となった。


 以来、ルシエにとって母は、たった一人の家族だった。


 ――そして。


 ある日。


 王都中に鐘の音が響き渡る。


「魔王が討伐された!」


「終わったんだ!」


「千年続いた戦いが!」


 人々は通りへ飛び出し、互いに抱き合って喜び合う。


 涙を流す者。


 空へ祈りを捧げる者。


 誰もが平和の訪れを信じていた。


 ルシエも母と顔を見合わせる。


「お父さんも……喜んでいますよね」


 エレーヌは優しく微笑んだ。


「ええ、きっと」


 二人は静かに空を見上げた。


 その数日後だった。


 王都東部を、突然異変が襲う。


「……何、あれ」


 魔王領の方角から、黒い霧が押し寄せてくる。


 濃密な魔素。


 空気そのものが重く淀み、黒く霞んでいく。


「逃げろ!」


「魔素災害だ!」


 悲鳴が響く。


 人々は我先に逃げ始めた。


 エレーヌは咄嗟にルシエを抱き寄せる。


「ルシエ!」


 短杖を構える。


「簡易結界!」


 淡い光が二人を包み込む。


 しかし、濃密な魔素は結界をすり抜けるように侵食してくる。


 エレーヌは迷わなかった。


 結界を維持したまま、自らの身体でルシエを覆い隠す。


「お母さん!」


「大丈夫……」


 黒い霧は街を包み込み。


 やがて風とともに消えていった。


 ルシエは、ほとんど魔素を浴びずに済んだ。


 エレーヌも、その時は普段と変わらなかった。


 だから二人とも安心してしまった。


 だが。


 数日後。


「ごほっ……!」


 エレーヌは突然高熱を出し、寝台から起き上がれなくなった。


 町の診療所で診察を受ける。


 長い沈黙の末、医師は重い表情で口を開いた。


「……魔素汚染です」


 ルシエは息を呑む。


「魔素汚染……?」


「はい」


 医師は静かに説明を始めた。


「大量の魔素を一度に体内へ取り込むと、魔力回路がすべてを魔力へ変換し切れません」


「変換されなかった未分化の魔素は、そのまま魔力回路へ蓄積します」


 紙へ魔力回路の図を描く。


「本来、魔力は回路の中を絶えず循環しています」


「しかし未分化の魔素が沈着すると、その流れが妨げられます」


「その結果、高熱や倦怠感、魔力制御障害など、さまざまな症状が現れるのです」


 ルシエは図を食い入るように見つめる。


 医師は続けた。


「さらに進行すれば、魔力回路だけでは済みません」


「内臓機能が低下し、やがて精神にも深刻な影響が現れます」


 ルシエの表情が強張る。


「治療法は……?」


 医師は静かに首を横へ振った。


「ありません」


 その一言が、胸へ深く突き刺さる。


「現在の属性魔法は、火、水、風、土の魔粒子へ干渉する魔法です」


「しかし、体内へ蓄積した未分化の魔素には直接干渉できません」


 ルシエは必死に問い続ける。


「魔法薬なら?」


「症状を和らげることはできます。しかし、治療はできません」


「魔力回路から取り除く方法は?」


「現在の魔法理論では不可能です」


 ルシエは食い下がる。


「なら……光魔法なら!」


「魔素を完全に分解できますよね!」


 医師は苦しげに目を伏せた。


「理論上は可能です」


「ですが、患者の体内で光魔法を使えば」


「蓄積した魔素だけではなく」


「魔力回路も」


「身体そのものも」


「一緒に分解してしまいます」


 静寂が診察室を包む。


 ルシエは俯いた。


 頭の中で、これまで学んできた魔法理論を何度も組み立て直す。


 魔法薬。


 魔力操作。


 属性変換。


 魔力回路修復。


 どれも駄目だった。


 世界中の研究者たちが試し、辿り着けなかった結論。


 現代魔法では。


 魔素汚染は治せない。


 父を失った。


 残された家族は母だけだった。


 その母まで失うのか。


 ルシエは震える拳を強く握り締める。


 知識はある。


 努力もしてきた。


 それでも。


 自分には、大切な人一人救うことすらできない。


 その日。


 少女は初めて、自らが積み重ねてきた魔法理論の限界を知った。

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