SS 第2話 観察対象
翌日。
放課後。
いつものように、ルシエとノエルは研究室へ集まっていた。
机には論文。
参考文献。
実験記録。
壁には新しい魔法式。
いつもと変わらない研究室。
いつもと変わらないはずだった。
しかし。
ルシエは、研究に集中できなかった。
目の前には。
魔法式を読み返しているノエル。
静かな表情。
真剣な眼差し。
さらさらと揺れる黒髪。
ページをめくる長い指先。
(……)
ルシエは。
じっと見つめる。
(ノエルは)
(こんなに格好よかったでしょうか)
以前から。
毎日のように隣にいた。
何度も顔を見てきた。
それなのに。
今日は、なぜか違って見える。
視線を逸らそうとしても。
また、気が付けば見てしまう。
(原因は不明)
ルシエは研究ノートを開いた。
『観察記録』
『対象』
『ノエル・アルヴィン』
ペンが。
無意識に動き始める。
『黒髪』
『整った顔立ち』
『鼻筋が綺麗』
『真剣に研究している横顔が素敵』
『声が落ち着いている』
『優しい』
『笑った顔も良い』
少し考えてから。
さらに書き加える。
『たまに子供っぽいところも可愛い』
そこで。
ふと手が止まった。
(可愛い?)
ルシエは首を傾げる。
(なぜ、このような評価を書いたのでしょうか)
自分でも分からない。
だが。
違和感はない。
その時だった。
「何を書いてるんだ?」
「え?」
突然、ノエルの声が聞こえた。
顔を上げると。
いつの間にかノエルが隣へ来ていた。
ルシエは反射的に研究ノートへ視線を落とす。
『真剣に研究している横顔が素敵』
『笑った顔も良い』
『たまに子供っぽいところも可愛い』
瞬間。
ルシエの顔が真っ赤になった。
「だ、駄目です!」
勢いよく研究ノートを閉じる。
ノエルは目を丸くした。
「え?」
「見ないでください!」
「何で?」
「秘密です!」
「秘密?」
「はい!」
ノエルは首を傾げる。
「研究記録なんだろ?」
「研究ではありません!」
「でも」
「題名に『観察記録』って書いてあったけど」
「それも秘密です!」
「何を観察してるんだ?」
「言えません!」
「どうして?」
「秘密だからです!」
「秘密が多いな」
「今日は全部秘密です!」
ルシエは研究ノートを胸へ抱き締める。
ノエルは困ったように笑った。
「変なルシエだな」
「変ではありません」
「じゃあ、何でそんなに顔が赤いんだ?」
「……」
ルシエは自分の頬へ触れた。
(体温上昇を確認)
(原因は不明)
「熱でもある?」
「ありません」
「でも赤いよ」
「正常です」
「そうかなあ」
ノエルは納得できない様子だった。
一方。
ルシエ自身も。
なぜノエルを観察していたのか。
なぜ「可愛い」と書いたのか。
まったく説明できなかった。
研究者として。
原因不明の現象ほど、気になるものはない。
だが。
今回ばかりは。
当の研究者本人にも。
何一つ分からなかった。




