SS 第1話 原因不明の不機嫌
無属性魔法の発表から、数日後。
昼休み。
研究室へ向かっていたルシエは、廊下の先にノエルの姿を見つけた。
だが。
ノエルは一人ではなかった。
何人もの女生徒に囲まれている。
「ノエル様!」
「無属性魔法の発明、本当にすごいです!」
「四大属性すべてに適性があるのに、新しい魔法まで作ってしまうなんて!」
「やっぱり天才なんですね!」
ノエルは少し困ったように笑った。
「無属性魔法は、僕一人で作ったものじゃないよ」
「理論はすべてルシエが考えたものだ」
「僕は、それを実際に魔法として成立させる手伝いをしただけ」
しかし。
女生徒たちは首を横へ振る。
「でも、実際に魔法式を完成させたのはノエル様ですよね?」
「共同研究と言っていましたけど、ほとんどノエル様の成果なんじゃありませんか?」
「そんなことは――」
否定しようとしたノエルだったが。
自分の努力まで認めてもらえたことは、少しだけ嬉しかった。
思わず苦笑する。
「まあ……僕一人でも、ルシエ一人でも完成しなかったかな」
「やっぱり!」
「ノエル様はすごいです!」
その光景を見た瞬間。
ルシエの足が止まった。
胸の奥に。
何か重たいものが生まれる。
(胸部に圧迫感を確認)
無意識に、自分の手首へ指を当てる。
(心拍数上昇)
(体温も、やや高いようです)
風邪だろうか。
いや。
熱があるわけではない。
呼吸が少し落ち着かない。
胸が苦しい。
そして。
少しだけ。
苛立っている。
(原因は不明)
「ノエル」
気が付けば。
ルシエは三人の前へ立っていた。
「あ、ルシエ」
ノエルが振り返る。
女生徒たちもルシエを見る。
「これから研究ですよね」
「そうだけど、まだ時間は――」
「確認したいことがあります」
「今すぐです」
「今すぐ?」
「はい」
ルシエは真顔で頷く。
女生徒たちは顔を見合わせた。
「では、また今度お話を聞かせてください」
「ああ」
ノエルが頷く。
その瞬間。
ルシエの眉が、ぴくりと動いた。
「ノエル」
「研究室へ行きましょう」
「分かったから」
「そんなに引っ張らないでくれ」
ルシエはノエルの袖を掴み、そのまま歩き出した。
歩く速度は。
いつもより、少しだけ速かった。
◇
研究室へ入ると。
ルシエは袖を離し、自分の席へ座る。
そして。
机の上へ研究資料を置いた。
バン。
いつもより大きな音が、静かな部屋へ響いた。
ノエルが首を傾げる。
「それで」
「確認したいことって?」
「ありません」
「ないの?」
「はい」
「じゃあ、どうして急いでたんだ?」
「分かりません」
「分からないのに、僕を連れてきたのか?」
「はい」
ノエルは思わず苦笑した。
「ルシエ」
「何ですか?」
「怒ってる?」
「怒っていません」
「でも、機嫌悪そうだけど」
「悪くありません」
「じゃあ、どうして資料をそんな勢いで置いたんだ?」
「……少し力加減を間違えました」
「珍しいね」
「そうでしょうか」
「うん」
「今日は何だか、いつものルシエじゃないみたいだ」
ルシエは答えない。
資料を見つめる。
だが。
一文字も頭へ入ってこない。
(集中力低下を確認)
(思考が研究へ向かいません)
(原因不明)
胸へ手を当てる。
まだ少し苦しい。
ノエルが心配そうに覗き込む。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
「体調悪いなら休んだ方が――」
「違います」
ルシエは首を横へ振る。
「体調は正常です」
「でも」
「胸が苦しいです」
「えっ?」
「心拍数も上昇しています」
「それ、大丈夫じゃないよね?」
「原因が分かりません」
ルシエ自身も困っていた。
体調不良とは違う。
風邪でもない。
魔力回路にも異常は感じられない。
それなのに。
胸だけが落ち着かなかった。
「今日は早めに帰る?」
「いいえ」
ルシエは静かに首を横へ振る。
「もう少し観察してみます」
「観察?」
「はい」
「原因が分からない以上、経過観察が必要です」
そう言って。
ルシエは研究ノートを開く。
『原因不明の精神状態』
『症状』
『胸部圧迫感』
『心拍数上昇』
『体温上昇』
『軽度の苛立ち』
『集中力低下』
『原因不明』
そこまで書いて。
小さく付け加える。
『継続観察』
ノエルは横から見ようとしたが。
ルシエは慌ててノートを閉じた。
「見ないでください」
「え?」
「これは秘密です」
「秘密?」
「はい」
ノエルは不思議そうに首を傾げる。
研究記録を隠すルシエなど。
初めて見た。
(今日は、本当に変だな)
怒っているわけではない。
体調が悪そうでもない。
それなのに。
いつものルシエとは、明らかに違う。
(……僕、何かしたかな)
理由は思い浮かばなかった。
一方。
ルシエもまた。
自分の胸に生まれた感情の正体を。
まだ、まったく理解していなかった。




