エピローグ 共同研究者
魔法師として認定されたことで。
ルシエとノエルには。
王立魔法協会から。
それぞれ専用の研究室と。
研究資金が与えられることになった。
学生でありながら。
一人の研究者として。
自分の研究を進めるための場所を得たのである。
ルシエは。
新しく与えられた研究室を見回していた。
大きな作業机。
実験用の魔導具。
資料を収める本棚。
魔力波を測定する観測器。
まだ何も置かれていない室内には。
新しい木材と紙の匂いが漂っている。
「すごいですね」
「こんなに立派な研究室を」
「使わせていただけるなんて」
隣に立つノエルも。
感心したように室内を見回す。
「研究資金も出るらしいよ」
「これで」
「魔石の費用を気にしなくて済むね」
「はい」
「失敗しても」
「すぐに次の実験ができます」
「失敗する前提なんだ」
「研究ですから」
「失敗しない方が珍しいです」
「それもそうだね」
ノエルは苦笑した。
これまで。
二人は同じ実験室を使い。
同じ机で資料を読み。
同じ研究を続けてきた。
しかし。
これからは違う。
ルシエには。
ルシエの研究室。
ノエルには。
ノエルの研究室がある。
ノエルは。
何となく。
少しだけ寂しさを覚えた。
「これからは」
「それぞれの研究室で」
「研究することになるのかな」
「そうですね」
ルシエは。
静かに頷く。
「ノエルには」
「ノエルの研究がありますから」
「うん」
分かっていたことだ。
自分たちは。
それぞれ魔法師として認められた。
いつまでも。
同じ研究だけを続けるわけではない。
ノエルは。
小さく息を吐く。
その時。
「ですが」
ルシエが。
ノエルへ向き直った。
「ノエル」
「はい」
「これからも」
「私の共同研究者でいてください」
ノエルが。
目を見開く。
「共同研究者?」
「はい」
「無属性魔法も」
「魔素汚染治療術式も」
「まだ完成したとは言えません」
ルシエは。
机の上へ資料を広げる。
「現在の無属性魔法は」
「外付けの術式に頼っています」
「変換回路」
「循環回路」
「出力制御」
「緊急停止装置」
「必要な設備が多すぎます」
「実際に使用できる場所も」
「限られています」
ノエルも。
資料を覗き込む。
「簡略化できれば」
「もっと多くの人が使えるようになる」
「はい」
「魔素汚染治療術式にも」
「まだ危険な箇所があります」
「患者の魔素量」
「閉塞している位置」
「身体への負担」
「少し条件が変わるだけで」
「術式を調整しなければなりません」
「今のままでは」
「誰にでも使える治療法とは言えません」
ルシエは。
真剣な表情で続ける。
「安全性を高め」
「設備を簡略化し」
「誰でも再現できる形へする」
「そのためには」
「さらに研究が必要です」
そして。
ノエルを真っ直ぐに見る。
「私は理論を考えることはできます」
「ですが」
「それを魔法として成立させるには」
「ノエルの力が必要です」
「ですから」
「これからも」
「一緒に研究してください」
ノエルの胸が。
大きく高鳴った。
必要だと言われた。
これからも。
一緒にいてほしいと言われた。
それは。
とても嬉しい言葉だった。
ただし。
「共同研究者として」
ルシエが。
付け加える。
ノエルの表情が。
少しだけ複雑になる。
「……うん」
「お願いします」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
ルシエは。
嬉しそうに微笑んだ。
ノエルも。
つられるように笑う。
嬉しい。
間違いなく嬉しい。
これからも。
ルシエの隣で研究できる。
だが。
同時に。
少しだけ思う。
(結局)
(僕は共同研究者か)
無能と呼ばれていた少女は。
世界の魔法理論を書き換えた。
存在しないと言われていた。
無属性魔法を生み出した。
治らないと言われていた。
魔素汚染の治療法を完成させた。
けれど。
研究は終わっていない。
無属性魔法には。
まだ改善する余地がある。
魔素汚染治療術式にも。
まだ解決すべき問題が残されている。
これから。
何度も仮説を立て。
何度も実験し。
何度も失敗するだろう。
それでも。
二人ならば。
きっと。
新しい答えへ辿り着ける。
ノエルは。
資料へ夢中になっているルシエを見つめる。
「僕の気持ちも」
「少しは研究してほしいものだけど……」
小さな声で。
そう呟いた。
ルシエが顔を上げる。
「何か言いましたか?」
「何も」
「そうですか」
ルシエは。
再び資料へ視線を戻す。
「では」
「まずは」
「無属性変換回路の簡略化から始めましょう」
「今日からですか?」
「はい」
「研究課題は」
「すでに山ほどありますから」
ノエルは。
呆れたように笑った。
「やっぱり」
「ルシエは変わらないね」
「ノエルもです」
「僕も?」
「はい」
「何度失敗しても」
「また実験に付き合ってくれます」
「共同研究者だからね」
「頼りにしています」
ルシエは。
新しい研究ノートを開く。
その最初の頁へ。
題名を書き込んだ。
『無属性魔法式の簡略化と実用化に関する研究』
ノエルは。
その隣へ椅子を運ぶ。
二人は。
いつものように。
同じ机へ並んで座った。
世界の魔法理論を書き換えても。
二人の研究は。
まだ始まったばかりだった。




