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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第153話 共同研究者

 研究へ協力してくれた人々への挨拶を終えたあと。


 ルシエとノエルは。


 エレーヌの病室を訪れていた。


「お母さん」


「具合はどうですか?」


 窓際のベッドでは。


 エレーヌが身体を起こしていた。


 以前までの。


 青白い顔ではない。


 頬には少しずつ血色が戻り。


 呼吸も。


 随分と穏やかになっていた。


「今日は」


「朝から熱もないの」


「胸の痛みも」


「ほとんどなくなったわ」


 ルシエの表情が明るくなる。


「本当ですか?」


「ええ」


「先生からも」


「経過は順調だと言われたわ」


 エレーヌは。


 自分の胸へ手を当てる。


「身体の中にあった」


「重たいものが」


「少しずつ消えているみたい」


 ルシエは。


 安堵したように息を吐いた。


 治療は成功した。


 何度検査しても。


 魔素の異常な蓄積は確認されていない。


 だが。


 長い間。


 病によって弱っていた身体が。


 すぐに元どおりになるわけではない。


 今も。


 慎重な経過観察が続けられている。


「無理はしないでくださいね」


「分かっているわ」


「少し元気になったからって」


「すぐに動こうとしたら駄目です」


「ルシエは心配性ね」


「お母さんが」


「すぐに無理をするからです」


 エレーヌは。


 困ったように笑った。


「はいはい」


「気をつけます」


 その様子を。


 ノエルが隣で静かに見守っていた。


 エレーヌは。


 ノエルへ視線を向ける。


「ノエル君も」


「本当にありがとう」


「僕は……」


「ルシエと一緒に」


「研究をしただけです」


「それでも」


「あなたがいてくれなかったら」


「ルシエ一人では」


「ここまで辿り着けなかったでしょう?」


 ノエルは。


 少し考えたあと。


 頷いた。


「はい」


「僕も」


「ルシエがいなければ」


「あの魔法を完成させることは」


「できませんでした」


 ルシエが。


 ノエルを見る。


「ノエル……」


 二人の視線が重なった。


 エレーヌは。


 その様子を眺めながら。


 ふっと笑みを深くする。


「ルシエ」


「いい恋人を見つけたわね」


「えっ?」


 ノエルの身体が固まった。


 次の瞬間。


 顔が一気に赤くなる。


「こ、恋人……?」


 一方。


 ルシエは。


 きょとんとしていた。


「何の話ですか?」


 エレーヌが。


 不思議そうに首を傾げる。


「ノエル君のことでしょう?」


「どうしてですか?」


「いつも一緒にいるじゃない」


「研究も」


「治療も」


「二人で力を合わせて」


「私を救ってくれたのでしょう?」


「はい」


「それはそうですが」


「なら」


「恋人なのでしょう?」


「違います」


 ルシエは。


 迷うことなく答えた。


 ノエルの肩が。


 僅かに落ちる。


「ノエルは」


「共同研究者です」


「共同研究者……」


 ノエルが。


 小さな声で繰り返す。


 その表情は。


 魔素汚染治療の実験で失敗した時よりも。


 明らかに落ち込んでいた。


 エレーヌは。


 その様子を見て。


 楽しそうに笑う。


「そうなの?」


「はい」


「大切な共同研究者です」


「大切な……」


 ノエルの顔が。


 僅かに上がる。


「共同研究者です」


 もう一度。


 下がった。


 エレーヌは。


 口元へ手を当てる。


「ふふっ」


「何がおかしいのですか?」


「昔を思い出したの」


「昔?」


「ええ」


 エレーヌは。


 懐かしむように窓の外を見る。


「私が」


「あなたのお父さんと初めて出会ったのも」


「ちょうど」


「あなたたちくらいの年だったわ」


 ルシエが。


 少し驚いたように目を見開く。


「そうだったのですか?」


「聞いたことがありません」


「話していなかったかしら」


「はい」


「お父さんは」


「研究の話ばかりでしたから」


「そうね」


「あの人らしいわ」


 エレーヌは。


 小さく笑った。


「当時」


「私は喫茶店で働いていたの」


「魔法のことなんて」


「ほとんど何も知らなかったわ」


「術式も」


「魔粒子も」


「論文の読み方すら」


「何一つ分からなかった」


 けれど。


 そんなエレーヌの働く喫茶店へ。


 一人の青年が。


 毎日のように通っていた。


「同じ時間に来て」


「同じ席へ座って」


「同じ飲み物を頼むの」


「そして」


「いつも難しい顔をして」


「論文を読んでいたわ」


 ルシエは。


 若い頃の父を想像する。


 机へ大量の資料を広げ。


 周囲のことなど忘れて。


 一人で論文を読み続ける姿。


 容易に想像できた。


「お父さんらしいです」


「でしょう?」


「飲み物が冷めても気づかないし」


「閉店時間を伝えても」


「あと少しだけ、と言って」


「なかなか帰らないの」


「迷惑なお客さんですね」


「ええ」


「本当に迷惑だったわ」


 そう言いながらも。


 エレーヌの表情は。


 とても優しかった。


「でも」


「毎日来るものだから」


「少しずつ話すようになったの」


「何を読んでいるのか尋ねても」


「説明が難しすぎて」


「全然分からなかったけれど」


「分からないと言うと」


「次の日には」


「少しだけ簡単に説明してくれたわ」


「それでも分からなかったけれどね」


 ノエルが。


 思わず笑う。


「アルフォンス先生でも」


「説明が苦手だったんですね」


「とても苦手だったわ」


「でも」


「一生懸命だった」


 エレーヌは。


 遠い日の記憶を辿るように。


 静かに続ける。


「それから」


「仕事が終わるのを待ってくれるようになって」


「一緒に帰るようになって」


「交際して」


「結婚したの」


 ルシエは。


 静かに話を聞いていた。


 研究のことしか頭になかった父。


 魔法について。


 何も知らなかった母。


 二人が出会い。


 少しずつ。


 同じ時間を過ごすようになった。


「だから」


「あなたたちを見ていると」


「あの頃を思い出すの」


 エレーヌは。


 ルシエとノエルを交互に見る。


「難しい研究の話をしながら」


「毎日一緒にいるところなんて」


「本当によく似ているわ」


 ノエルの顔が。


 再び赤くなる。


「そ、そうでしょうか……」


「ええ」


「きっと」


「アルフォンスも同じことを言うと思うわ」


 ノエルは。


 どこか嬉しそうに口元を緩めた。


 そして。


 期待するように。


 そっとルシエの反応を窺う。


 ルシエは。


 しばらく考え込んだあと。


 真剣な表情で頷いた。


「たしかに」


「よく似ています」


 ノエルの表情が明るくなる。


「ルシエ……!」


「お父さんにも」


「共同研究者が必要だったのですね」


「……」


 ノエルの表情が。


 完全に消えた。


「ただ」


「お母さんは研究者ではありませんから」


「正確には」


「共同研究者とは違いますね」


「そこを考えていたの?」


 エレーヌが。


 堪えきれずに笑い出す。


「ふふっ」


「ふふふっ」


「お母さん?」


「ごめんなさい」


「でも」


「ルシエらしくて」


 ノエルは。


 俯いたまま。


 小さく呟く。


「共同研究者……」


 その声が。


 あまりにも悲しそうだったため。


 エレーヌは。


 さらに笑ってしまった。


「ノエル君」


「大変ね」


「はい……」


「でも」


「諦めてはいないでしょう?」


 ノエルが。


 顔を上げる。


 エレーヌは。


 楽しそうに微笑んでいた。


 ノエルは。


 隣にいるルシエを見る。


 ルシエは。


 まだ何が起きているのか分からず。


 首を傾げている。


「……はい」


 ノエルは。


 小さく頷いた。


「諦めません」


「何をですか?」


「研究だよ」


「そうですか」


「一緒に頑張りましょう」


「うん……」


 病室へ。


 エレーヌの明るい笑い声が響く。


 ルシエも。


 理由は分からないまま。


 つられるように笑った。


 ノエルだけが。


 顔を赤くしたまま。


 嬉しいのか。


 悲しいのか。


 自分でも分からない表情を浮かべていた。

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