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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第151話 口を慎め

 魔法師認定式の翌日。


 王立魔法学校の教室は。


 朝から異様な空気に包まれていた。


 生徒たちは席へ着きながらも。


 何度も教室の入口へ視線を向けている。


 やがて。


 扉が開いた。


 ルシエとノエルが。


 いつもと変わらない様子で教室へ入ってくる。


 その瞬間。


 教室が静まり返った。


 昨日まで。


 同じ一年生だった二人。


 しかし今は。


 王立魔法協会から正式に認定された魔法師。


 さらに。


 赤色号と青色号を授与された研究者である。


 何と声をかければよいのか。


 そもそも。


 今までどおり。


 同級生として接してよいのか。


 誰にも分からなかった。


 ルシエは困ったように周囲を見回す。


「おはようございます」


 ノエルも続ける。


「おはよう」


 返事は。


 まばらだった。


「お、おはよう……」


「魔法師様に」


「普通におはようでいいのか?」


「同級生だろ」


「でも」


「色号持ちだぞ……」


 ひそひそと話す声が。


 教室中から聞こえてくる。


 ルシエは小さく息を吐き。


 自分の席へ向かった。


 その時。


「ふざけるな!」


 怒声が。


 教室へ響き渡った。


 レオンが。


 机を強く叩きながら立ち上がる。


 全員の視線が集まった。


「魔法師だと?」


「こんな奴らが?」


 レオンは。


 ルシエを睨みつける。


「どうせ」


「親の七光りだ!」


 教室がざわつく。


 ルシエの父。


 アルフォンス・フローレンス。


 賢者にして。


 紫色号を持っていた研究者。


 魔術界において。


 その名を知らない者はいない。


「死んだ父親の名前を使ったんだろ!」


「そうでなければ!」


「属性魔法すら使えない無能が!」


「魔法師になれるはずがない!」


 何人かの生徒が。


 小さく頷く。


「たしかに……」


「一年生で魔法師なんて」


「普通じゃないよな」


「アルフォンス様の娘だから」


「特別扱いされたんじゃ……」


 レオンは。


 勢いを得たように続ける。


「それだけじゃない!」


「アルベルト教授へ取り入ったんだ!」


「いや」


「ホルトン先生とフランソワ先生まで」


「買収したんだろ!」


 ルシエは。


 目を見開いた。


 ノエルの表情から。


 一瞬で感情が消える。


「今」


「何て言った?」


 低い声だった。


 しかし。


 レオンは怯むことなく言い返す。


「事実だろ!」


「教授たちに」


「名前を貸してもらっただけだ!」


「研究を作ったのも!」


「論文を書いたのも!」


「本当は教授たちなんじゃないのか!」


「お前たちは!」


「その成果を横取りしただけだ!」


 教室のあちこちから。


 疑うような声が上がる。


「監修者が三人もいたんだよな」


「学生だけで」


「あんな研究ができるのか?」


「魔素汚染を治したなんて」


「さすがに……」


 ノエルが。


 一歩前へ出る。


 しかし。


 その前に。


 教室の扉が開いた。


「何の騒ぎだ」


 ギデオンだった。


 教室へ入ったギデオンは。


 レオン。


 ルシエ。


 ノエル。


 そして。


 騒いでいた生徒たちを順に見る。


 レオンは。


 待っていたとばかりに口を開いた。


「ギデオン教授!」


「ちょうどいいところへ!」


「この二人の魔法師認定は不正です!」


 ギデオンの表情が。


 僅かに険しくなる。


「不正?」


「はい!」


「ルシエは」


「父親の名前を利用しました!」


「それに!」


「アルベルト教授や」


「ホルトン先生たちを買収して!」


「論文を作ってもらったに違いありません!」


 レオンは。


 教室中へ聞こえるように。


 声を張り上げる。


「こんな認定!」


「認められるわけが――」


「口を慎め!」


 ギデオンの一喝が。


 教室を震わせた。


 レオンの言葉が止まる。


 教室中の生徒も。


 息を呑んだ。


 これまで。


 ギデオンがルシエを庇ったことなど。


 一度もなかった。


 むしろ。


 属性魔法を使えないルシエへ。


 誰よりも厳しい評価を下していた教師である。


「だ、ですが……」


「黙れ」


 ギデオンは。


 レオンを鋭く睨む。


「アルベルト教授」


「大魔導師ホルトン」


「大魔法師フランソワ」


「三名を買収したと」


「そう言ったな?」


 レオンの顔が引きつる。


「そ、それは……」


「自分が」


「何を口にしているのか」


「理解しているのか?」


 ギデオンの声は。


 怒鳴り声ではなかった。


 だからこそ。


 教室の空気を鋭く切り裂いた。


「三名は」


「それぞれの専門分野において」


「王立魔法協会から」


「正式な称号を授与された研究者だ」


「その研究倫理を」


「何の証拠もなく」


「侮辱するつもりか?」


「でも!」


「学生があんな研究を完成させるなんて!」


「信じられないか?」


「はい!」


 レオンは必死に頷く。


「普通に考えれば不可能です!」


「それを認めるくらいなら!」


「不正があったと考える方が自然です!」


 ギデオンは。


 しばらくレオンを見つめた。


「私も」


「同じように考えた」


 教室がざわつく。


 ルシエが。


 静かにギデオンを見る。


「火属性魔法で」


「温度を下げることなどできるはずがない」


「学生の思いつきにすぎない」


「そう決めつけた」


 ギデオンの拳が。


 僅かに握られる。


「そして私は」


「彼女たちの論文を」


「一ページ目だけで却下した」


 教室から。


 驚きの声が漏れる。


「だが」


「間違っていたのは」


「私だ」


 ギデオンは。


 はっきりと言い切った。


「あの論文には」


「統一された実験条件」


「三度の反復記録」


「第三者による再現結果」


「魔力消費量」


「装置への負荷」


「必要な検証が」


「すべて記録されていた」


「私は」


「それを確認しなかった」


 ギデオンは。


 ルシエとノエルへ視線を向ける。


「今回提出された二本の論文については」


「私自身が」


「最後まで読んだ」


「無属性魔法」


「魔素汚染治療術式」


「そのどちらも」


「王立魔法協会で審査されるに値する研究だと」


「私が判断した」


 レオンが。


 震える声で言う。


「ですが……」


「ギデオン教授が理解できたからといって」


「本当に正しいとは……」


「当然だ」


 ギデオンは。


 即座に答える。


「私一人の判断で」


「世界の魔法理論が」


「書き換えられたわけではない」


「論文は」


「王立魔法協会に所属する」


「複数の研究者によって精査された」


「公開質疑も行われた」


「理論」


「術式」


「実験記録」


「臨床記録」


「安全性」


「そのすべてが確認された」


 そして。


 ギデオンの声が。


 さらに低くなる。


「何より」


「大賢者アドルフ・ヴァイス様が」


「自ら出席され」


「彼女たちの研究を」


「認められた」


 教室が。


 完全に静まり返った。


「叡智の……」


「アドルフ様が?」


「引退されていたんじゃ……」


「学会へ出席されたのか?」


 生徒たちの顔から。


 疑いが消えていく。


 大賢者。


 紫色号。


 叡智のアドルフ。


 現代魔法学を築いた人物。


 魔術を学ぶ者で。


 その名を知らない者はいない。


 レオンの唇が震える。


「そんな……」


「大賢者様が……」


「こんな奴らの理論を……」


「こんな奴ら?」


 ギデオンの目が。


 鋭く細められる。


「ルシエ・フローレンス」


「魔法師」


「赤色号」


「ノエル・アルヴィン」


「魔法師」


「青色号」


「王立魔法協会が」


「正式に認めた研究者だ」


「今のお前が」


「こんな奴らと呼んでよい相手ではない」


 レオンの顔が。


 真っ青になる。


 ギデオンは。


 教室全体を見回した。


「お前たちも同じだ」


「理解できない成果だからといって」


「不正と決めつけるな」


「自分より優れた者を見た時」


「相手を引きずり下ろす理由を探すな」


「なぜ」


「自分にはできなかったのか」


「何を学べば」


「そこへ辿り着けるのか」


「それを考えろ」


 誰も。


 言い返すことができなかった。


「研究とは」


「自分が信じたいものだけを」


「信じることではない」


「証拠を確認し」


「結果を認めることだ」


「理解できないのなら」


「理解するために学べ」


「それができない者に」


「魔術を学ぶ資格はない」


 ギデオンは。


 レオンを見据える。


「レオン・ヴァルハイト」


「三名の研究者に対する侮辱」


「王立魔法協会の審査に対する」


「根拠のない中傷」


「そして」


「同級生二名への」


「名誉を傷つける発言」


「すべて」


「正式に報告する」


 レオンが目を見開く。


「ま、待ってください!」


「僕はただ!」


「疑問を口にしただけで……!」


「疑問?」


 ギデオンは。


 冷たく言う。


「証拠を求めることが」


「疑問だ」


「証拠もなく」


「買収したと断言することは」


「中傷という」


 レオンは。


 何も言えなくなった。


 ギデオンは。


 そのまま教卓へ向かう。


「席に着け」


「授業を始める」


 生徒たちは。


 慌てて前を向いた。


 レオンも。


 俯いたまま席へ座る。


 教室に。


 気まずい沈黙が流れた。


 ルシエも。


 自分の席へ戻ろうとする。


 その時。


 ギデオンが呼び止めた。


「ルシエ」


「はい」


「ノエル」


「はい」


 ギデオンは。


 二人を真っ直ぐに見る。


「魔法師認定」


「おめでとう」


 教室が。


 再びざわめいた。


 ルシエは。


 少し驚いたあと。


 静かに頭を下げる。


「ありがとうございます」


 ノエルも続いた。


「ありがとうございます」


 ギデオンは。


 僅かに頷く。


 それ以上。


 何も言わなかった。


 教本を開き。


 いつものように授業を始める。


 けれど。


 そこはもう。


 以前と同じ教室ではなかった。


 無能と呼ばれていた少女は。


 王立魔法協会が認めた。


 一人の研究者となった。


 その事実を。


 もう。


 誰にも否定することはできなかった。

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