第13話 地下祭壇
魔王因子は破壊できなかった。
ミュゲの最高位光魔法ですら滅ぼせない以上、この世から完全に消し去る術は存在しない。
重苦しい沈黙の中、クロエが静かに口を開く。
「ならば」
「壊せぬのなら、封じるしかあるまい」
誰も反論しなかった。
魔王因子を世界から完全に切り離す。
それだけが、残された唯一の方法だった。
その時。
精霊眼を開いていたサンセリテが、小さく息を呑む。
「……まだ流れがあります」
「何じゃと?」
「この城の地下です」
サンセリテは目を閉じることなく続けた。
「魔粒子が、さらに深い場所へ流れています」
「まるで、この城の心臓のような場所へ」
クロエは静かに頷いた。
「行くぞ」
五人は魔王因子へ幾重もの拘束術式を施し、光の鎖で封じながら地下へ向かった。
長い石階段を下り続ける。
やがて最深部へ辿り着いた。
そこには巨大な地下空間が広がっていた。
中央には、一つの巨大な祭壇。
床一面を覆う魔法陣。
壁面を埋め尽くす古代文字。
そして祭壇全体を巡る、膨大な四属性の魔粒子。
火。
水。
風。
土。
そのすべてが祭壇中央へ集まり、一点へ流れ込んでいる。
「ここじゃ……」
クロエが静かに呟く。
「魔王城の中枢」
「本来、この祭壇が城全体から魔粒子を集め、魔王因子へ送り込んでおったのじゃ」
クロエは壁面へ歩み寄った。
古代文字を静かに見つめる。
「妖精誘導法……」
「魔粒子融合……」
千年前。
ニコラス自身が築き上げた術式。
あまりにも複雑だった。
幾重にも重なる魔法陣。
互いに干渉し合う古代術式。
その全容を、一目で理解できるものではない。
クロエですら、そのすべてを詳らかにすることはできなかった。
それでも。
術式を一つずつ読み解き、その流れを追い続ける。
やがて、一つだけ確信できることがあった。
「……そうか」
クロエが静かに呟く。
「この祭壇の根幹は、妖精誘導法じゃ」
サンセリテが振り向く。
「ということは……」
「術式を反転させればよい」
クロエは祭壇全体を見渡した。
「魔粒子を集めるのではなく、外へ逃がす術式へ書き換える」
「魔王因子へ新たな魔粒子が届かねば、奴は活動できぬ」
「全てを理解する必要はない」
「要となる術式だけを書き換えれば十分じゃ」
四人は静かに頷いた。
封印が始まる。
クロエは祭壇へ刻まれた魔法陣を書き換えていく。
魔粒子を誘引する術式を。
魔粒子を拒絶する封印陣へ。
サンセリテは精霊眼を開き、古代魔術を発動する。
「古代封印術」
巨大な魔法陣が祭壇全体を覆った。
四属性の魔粒子は流れを変え、祭壇を避けるように外側へ逸れていく。
続いてアーサーが聖剣を抜いた。
「光の魔法剣」
白い斬撃が閃く。
魔王因子から祭壇へ伸びる闇の回路を、一つ残らず分解していく。
ミュゲも静かに杖を掲げた。
「聖光結界」
神々しい光が祭壇全体を包み込む。
幾重もの結界が内と外を隔て、魔王因子を完全に閉じ込める。
残るは、一つ。
祭壇深部へ根を張る最後の魔力回路だけだった。
「俺がやる」
アデラーンがゆっくりと立ち上がる。
聖光治癒を受けたばかりの身体は、まだ満身創痍だった。
それでも剣を杖代わりに、一歩ずつ祭壇へ歩み寄る。
「無理をするな!」
アーサーが制止する。
しかしアデラーンは静かに首を横へ振った。
「最後まで……俺の役目だ」
黒剣を構える。
一息。
一歩。
一閃。
最後の魔力回路が、静かに断ち切られた。
その瞬間。
祭壇中央へ封じられた魔王因子は、外界との繋がりを完全に失う。
重厚な石扉がゆっくりと閉じ始めた。
轟音が地下空間へ響く。
壁一面の魔法陣が次々と起動し、眩い光が祭壇全体を包み込む。
ドクン。
ドクン。
魔王因子はなお鼓動を続ける。
しかし、その鼓動は少しずつ弱まり。
やがて微かな脈動だけを残して静まり返った。
完全な破壊ではない。
永遠の消滅でもない。
いつの日か、封印が解かれる可能性も残されている。
それでも。
これが今の五人にできる、最善の答えだった。
こうして――
世界を千年苦しめた災厄の根源、魔王因子は、魔王城地下の祭壇へ封印された。




