第12話 破壊できない魔王因子
魔王ニコラスは討たれた。
しかし。
玉座の間にはなお、黒い人工魔核――魔王因子だけが静かに脈打ち続けていた。
ドクン。
ドクン。
まるで生き物のような鼓動が、静まり返った空間へ響く。
ニコラスは死んだ。
だが、魔王因子は死んでいない。
主を失った今もなお、周囲の四属性の魔粒子を引き寄せ続けている。
火。
水。
風。
土。
四属性の魔粒子が絶え間なく吸い寄せられ、黒い人工魔核の内部へ消えていく。
クロエは静かに口を開いた。
「……まずいのう」
全員が魔王因子を見つめる。
「放置すれば、再びニコラスの肉体へ接続する可能性がある」
「あるいは、新たな肉体を得るやもしれぬ」
重苦しい沈黙が流れた。
魔王を討った。
それでも災厄は終わっていない。
「ならば」
ミュゲが静かに立ち上がる。
「魔王因子そのものを破壊します」
アーサーが息を呑む。
「できるのか」
ミュゲは静かに頷いた。
「問題ありません」
「光の投擲聖槍を使います」
その名を聞き、クロエの表情が変わる。
「……あの術か」
光の投擲聖槍。
歴代すべての聖者、聖女の中でも、ミュゲだけに与えられた固有の最高位光魔法。
魔素そのものを完全分解する光魔法を、極限まで圧縮した必滅の一撃。
ミュゲは杖を静かに掲げた。
先ほどアデラーンを救ったばかりだった。
身体には、ほとんど魔力が残されていない。
それでも。
残るすべての魔力を杖へ注ぎ込む。
眩い光が集まる。
さらに集まる。
圧縮され。
収束し。
やがて一本の槍となった。
誰もが息を呑む。
それは、これまで見たどの光魔法よりも神々しかった。
「光の投擲聖槍」
ミュゲが杖を振り抜く。
轟ッ――!
白き聖槍が一直線に放たれた。
一瞬で魔王因子を貫く。
凄まじい閃光が玉座の間を包み込んだ。
魔王因子を構成する魔素が、次々と四属性の魔粒子へ完全分解されていく。
黒い表面へ無数の亀裂が走る。
人工魔核は内側から砕け始めた。
「やったか……!」
アーサーが思わず声を漏らす。
しかし。
クロエだけは目を見開いた。
「いや……違う!」
砕け散ったはずの魔粒子が。
止まらない。
火。
水。
風。
土。
四属性の魔粒子が、今度は逆流するように魔王因子へ吸い寄せられていく。
「そんな……!」
ミュゲが息を呑む。
分解された魔粒子が。
一つ残らず引き寄せられる。
融合。
再構築。
修復。
失われた部分が、瞬く間に元通りとなっていく。
やがて光が消えた。
そこには。
何事もなかったかのように、黒い人工魔核が静かに浮かんでいた。
ドクン。
ドクン。
鼓動は止まらない。
「馬鹿な……」
アーサーが呟く。
ミュゲは杖を支えに膝をついた。
「そんな……」
「私の最高位光魔法でも……」
声が震える。
「壊せないなんて……」
クロエは再生した魔王因子を見つめ続けていた。
「そういうことか」
静かな声が響く。
「光魔法は魔素を四属性の魔粒子へ完全分解できる」
「じゃが――」
魔王因子を指差す。
「分解された魔粒子そのものを、奴は再び吸収してしまう」
誰も言葉を発せなかった。
「世界に魔粒子が存在する限り」
「魔王因子は何度でも自らを再構築できる」
クロエは拳を握り締める。
「……壊せぬ」
その一言が。
千年の魔王を討ち果たした五人へ、新たな絶望を突きつけた。
魔王は倒した。
だが。
世界にはなお、決して壊せない災厄が残されていた。




