第11話 魔王討伐
黒い人工魔核――魔王因子が、ニコラスの肉体から完全に引き剥がされる。
その瞬間。
ニコラスの表情へ、初めて明確な恐怖が浮かんだ。
「返せ」
震える手を伸ばす。
宙へ浮かぶ魔王因子へ。
「それは……私のものだ!」
魔王因子が激しく脈打つ。
黒い魔力が溢れ出し、無数の闇の回路が生き物のように伸び始めた。
肉体へ。
再び繋がろうと。
「まだ終わらせん!」
ニコラスが咆哮する。
玉座の間全体が震えた。
闇魔法が暴走する。
闇の槍。
闇の刃。
闇の奔流。
ありとあらゆる術式が狂ったように五人へ襲い掛かった。
「防げ!」
アーサーが叫ぶ。
聖剣へ光が宿る。
「光の魔法剣!」
一閃。
二閃。
三閃。
押し寄せる闇を斬り裂き、分解する。
しかし。
止まらない。
ニコラスは死を目前にしながら、なお膨大な魔力を振り絞っていた。
「くっ……!」
アーサーの腕が震える。
押し返し切れない。
その隙に。
一本の闇の回路が、魔王因子からニコラスの胸へ伸びた。
「しまった!」
クロエが叫ぶ。
あと少し。
あと数センチ。
繋がれば終わる。
「ミュゲ!」
「はい!」
ミュゲは一歩踏み出した。
両手へ光を集束する。
眩い光が、一振りの聖剣となって形を成した。
「光の聖剣」
閃光。
光は一直線に駆け抜ける。
一本目。
二本目。
三本目。
魔王因子から伸びる闇の回路を、次々と完全分解した。
最後の一本が光の中へ消える。
再接続は、完全に断たれた。
「そんな……」
ニコラスは立ち尽くす。
魔王因子との繋がりが。
完全に消えた。
その瞬間だった。
身体を支えていた四属性の力が、静かに失われていく。
火が消える。
千年間保たれ続けた体温が急速に失われる。
風が止まる。
魔法によって動かされていた心臓が鼓動を止める。
呼吸も。
血流も。
すべてが止まった。
続いて、水と土も失われる。
崩壊を防いでいた修復能力が消え去り、肉体はゆっくりと砂へ還り始めた。
ニコラスは、自らの指先を見つめる。
崩れていく。
止まらない。
「いやだ……」
声が震える。
「返してくれ」
崩れ落ちる腕を、それでも魔王因子へ伸ばし続ける。
「私は……まだ生きたい」
千年もの間。
誰よりも死を恐れ。
誰よりも死から逃げ続けた男。
その死が。
ついに追いついた。
「死にたくない……!」
叫びは虚空へ消える。
腕が崩れる。
胸が崩れる。
脚が崩れる。
やがて全身は砂となり。
魔王ニコラスは、この世から完全に消滅した。
長きにわたり世界を覆い続けた魔王時代は、ここに終焉を迎える。
だが。
誰一人として、勝利を喜ぶ者はいなかった。
「アデラーン!」
アーサーが駆け寄る。
アデラーンは床へ倒れ伏していた。
呼吸はない。
鼓動も感じられない。
顔色は青白く、体温も急速に失われていく。
「アデラーン!」
返事はない。
ミュゲは迷うことなく膝をついた。
「まだ……間に合います」
両手を胸へ重ねる。
眩い光が溢れ出した。
「聖光治癒」
生命力を補い。
傷付いた肉体を修復し。
断ち切られた魔力回路を繋ぎ直す。
だが。
鼓動は戻らない。
「お願い……!」
ミュゲの額から汗が滴る。
さらに光を注ぐ。
「戻ってきてください……!」
静寂。
誰も息をしない。
そして――。
ドクン。
小さな鼓動が響いた。
もう一度。
ドクン。
アデラーンの胸がゆっくりと上下する。
かすかな息が漏れた。
「……生きています」
その一言に。
アーサーはその場へ座り込んだ。
クロエは静かに目を閉じる。
ミュゲは眠るアデラーンの手を、そっと握った。
「アデラーン」
「自分の命を犠牲にして、誰かを救おうだなんて……二度としてはいけません」
「犠牲になるべき命など、一つとしてありません」
「あなたの命も、誰かにとっては、かけがえのない命なのです」
一度だけ言葉を止める。
そして、優しく微笑んだ。
「私にとっても……あなたは、かけがえのない人なのです」
五人の英雄は、誰一人欠けることなく魔王を討った。
だが。
玉座の間にはなお、黒い人工魔核――魔王因子だけが、不気味な鼓動を刻み続けていた。
まるで、この戦いはまだ終わっていないと告げるかのように。




