第146話 学生の悪ふざけ
王立魔法協会。
特別学会審査。
普段の査読とは異なり。
魔法理論。
魔法医学。
魔法工学。
魔粒子学。
各分野を代表する高位研究者たちが、一堂に会していた。
壇上へ立つのは。
ルシエ・フローレンス。
ノエル・アルヴィン。
まだ学生である二人だった。
会場に集まった視線は。
期待よりも。
疑いの方が多い。
ルシエは静かに一礼した。
「これより」
「無属性魔法体系について発表いたします」
落ち着いた声で。
理論の説明が始まる。
魔素。
魔粒子。
魔力。
それぞれの役割。
従来理論との違い。
無属性魔法式。
そして。
外部魔素を術者固有の魔力へ直接変換する理論。
続いて。
ノエルが前へ出る。
実験条件。
術式制御。
反復実験。
第三者による再現結果。
実験記録に基づき、一つずつ説明していく。
さらに。
魔素汚染治療術式。
臨床結果。
安全機構。
治療後の経過。
二人は資料を示しながら、最後まで発表を終えた。
やがて。
議長が口を開く。
「質疑応答へ移る」
最初の質問が飛ぶ。
「外部魔素が」
「術者固有の魔力へ変換されたと判断した根拠は何だ」
ルシエは観測記録を開く。
「魔力波形の一致率です」
「同期後の魔力特性を比較した結果」
「術者固有の魔力と一致しました」
別の研究者が続ける。
「生成魔素と通常魔力は」
「どのように区別した」
今度はノエルが答えた。
「生成直後の魔素密度と」
「変換後の魔力波形を比較しています」
「変換前後の観測記録はこちらです」
質問は途切れない。
「治療成功は」
「患者固有の自然回復によるものではないのか」
ルシエは静かに首を横へ振る。
「閉塞部位の消失」
「循環量の変化」
「余剰魔素の回収量」
「すべて治療中に観測しています」
「自然回復では説明できません」
厳しい質問が続く。
それでも。
二人は一つひとつ。
記録と数値を示しながら答えていった。
やがて。
一人の研究者が尋ねる。
「魔素と魔粒子を分けて考える発想へ」
「どのように辿り着いた」
ルシエは迷わず答えた。
「火属性魔法の研究です」
会場がざわつく。
「火属性?」
「無属性魔法と何の関係がある」
その時だった。
一人の研究者が椅子から立ち上がる。
マイヤー・ブランシュ。
魔法工学の権威。
そして。
学会でも有名な人物だった。
理論の穴を見つければ。
相手が誰であろうと容赦なく突く。
学生だからといって遠慮はしない。
その姿勢から。
煙たがる研究者も少なくなかった。
マイヤーは腕を組み。
ルシエを見据える。
「説明が曖昧だな」
周囲の研究者たちは苦笑する。
「また始まったか」
そんな空気が会場を包む。
マイヤーは構わず続けた。
「火属性魔法の何を研究した」
「炎の生成か」
ルシエは首を横へ振る。
「違います」
「火属性魔法が」
「何へ干渉しているのかを研究しました」
「答えは」
マイヤーが促す。
「温度です」
会場が静まり返る。
「火属性魔法の本質は」
「炎の生成ではありません」
「温度への干渉です」
すぐに疑問の声が上がる。
「火魔法で温度を下げる?」
「そんなことが可能なのか」
「学生の思いつきではないのか」
「……そういえば聞いたことがある」
一人の研究者が呟いた。
「火魔法で冷房を作ったと言い張る学生がいると」
「あれは」
「学生の悪ふざけではなかったのか」
マイヤーは表情を変えない。
「証明は」
「理論だけではないだろうな」
学会員たちには。
マイヤーが学生を追い詰めているようにしか見えなかった。
しかし。
アルベルトも。
ホルトンも。
止めようとはしない。
二人が答えられることを知っているからだ。
ノエルが静かに立ち上がる。
「参考資料を持参しています」
鞄から。
一冊の論文を取り出した。
『火属性魔法を利用した冷房理論』
会場がざわめく。
この論文は。
制度上。
今回の正式な審査対象ではない。
だが。
無属性魔法へ至る先行研究として。
二人は持参していた。
ルシエが論文を開く。
「実験条件」
「反復実験三回」
「室温変化」
「魔力消費量」
「魔石への負荷」
「すべて記録しています」
ノエルが続ける。
「こちらが実験記録です」
資料が会場へ配られる。
マイヤーが尋ねる。
「第三者による再現は」
その時。
一人の男が静かに立ち上がった。
ホルトンだった。
「私が行った」
会場が騒然となる。
「大魔導師ホルトンが?」
「本当に再現したのか?」
ホルトンは静かに頷く。
「同一条件で装置を稼働させた」
「室温は」
「二十八度から二十三度まで低下した」
「記録上」
「再現性に問題はない」
再び。
会場がざわついた。
マイヤーはさらに問いを重ねる。
「火属性魔法の研究が」
「なぜ無属性魔法へ繋がる」
ルシエは真っ直ぐ前を見据えた。
「火属性魔法を研究したことで」
「魔法の本質は」
「目に見える現象ではなく」
「何へ干渉しているかによって決まると考えました」
「炎ではなく」
「温度」
「ならば」
「属性魔法そのものも」
「魔粒子が現象を生み出しているのではなく」
「魔粒子を媒体として」
「魔力が対象へ干渉しているのではないか」
「そう考えました」
マイヤーが問い返す。
「それが」
「魔素を属性へ分解せず利用する」
「無属性魔法へ繋がった」
「はい」
短い沈黙。
やがて。
マイヤーは小さく頷いた。
「答えられたな」
それだけ言い残し。
静かに席へ戻る。
会場は静まり返っていた。
ようやく。
研究者たちは気付く。
先ほどまでの厳しい質疑は。
二人を追い詰めるためではなかった。
火属性魔法の研究から。
無属性魔法へ至るまで。
二人が積み重ねてきた研究の道筋を。
会場中へ理解させるための問いだったのだ。
学生の悪ふざけ。
そう笑われた論文は。
今や。
世界最高峰の研究者たちを前に。
誰一人として。
笑うことのできない研究となっていた。




