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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第144話 審査に値する

 研究室には。


 紙をめくる音だけが響いていた。


 ギデオンは、一人。


 二本の論文へ向き合っている。


『魔素直接変換による無属性魔法体系の構築』


『同期生成魔素を用いた魔素汚染治療術式と臨床結果』


 無属性魔法。


 魔素と魔粒子の新たな関係。


 魔素汚染治療術式。


 その臨床結果。


 書かれている内容は。


 どれも常識を覆すものだった。


 ギデオン一人で。


 その理論のすべてを完全に理解することはできない。


 だが。


 査読者として。


 確認すべきものは分かる。


 仮説は明確か。


 実験条件は統一されているか。


 反復実験は行われているか。


 第三者による再現は成功しているか。


 臨床結果は記録されているか。


 安全機構は十分か。


 都合の悪い数値を隠していないか。


 未解決の問題を明記しているか。


 監修者の署名はあるか。


 一つずつ。


 静かに確認していく。


 やがて。


 最後のページへ辿り着いた。


 ギデオンは、ゆっくりと目を閉じる。


 脳裏へ浮かぶのは。


 以前、査読した一本の論文だった。


『火属性魔法を利用した冷房理論』


 あの日。


 自分は一ページ目だけを読み。


 火属性魔法で冷却などできるはずがない。


 そう決めつけた。


 実験記録を見なかった。


 再現実験も求めなかった。


 実演さえ拒んだ。


 論文を。


 最後まで読まなかった。


 ギデオンは静かに目を開く。


 そして。


 査読用紙の判定欄へ、ペンを走らせた。


 合格。


 その二文字を書き終えると。


 ルシエとノエルを研究室へ呼び寄せた。


 二人が入室すると。


 ギデオンは査読を終えた論文を机の上へ置く。


「査読は終わった」


 ルシエは静かに頷く。


「ありがとうございます」


 ギデオンは二冊の論文へ視線を落としたまま言う。


「この論文は」


「王立魔法協会で審査されるに値する」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ルシエは小さく息を吐いた。


 かつて。


 アルベルトが口にした言葉。


 今度は。


 ギデオン自身が告げていた。


 しばらく沈黙が流れる。


 やがて。


 ギデオンは静かに口を開いた。


「以前の査読結果は」


「制度上、変更することはできない」


「今年度中に」


「火属性冷房機の論文を再提出することもできない」


 二人は黙って聞いていた。


「だが」


「あの論文を査読しなかったことは」


「私の過ちだった」


 ギデオンは。


 まっすぐルシエを見る。


「私は」


「自分の知識と合わないというだけで」


「君たちの研究を否定した」


「疑わしいからこそ」


「読むべきだった」


「信じられない結果だからこそ」


「確認すべきだった」


 研究者として。


 最も大切な姿勢を。


 自分自身が失っていた。


 その事実を。


 ギデオンは静かに認めた。


 ルシエは。


 勝ち誇ることも。


 責めることもしない。


 ただ。


 深く頭を下げる。


「最後まで読んでくださり」


「ありがとうございます」


 その言葉に。


 ギデオンは何も返さなかった。


 返す言葉は。


 もう必要なかった。


 論文は。


 一ページ目で閉じられることなく。


 最後の一行まで読まれた。


 それだけで。


 ルシエにとっては十分だった。

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