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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第140話 母を救う魔法

 ルシエは。


 同期の深度を。


 安全域の上限まで引き上げた。


 強い力で。


 閉塞を押し流すのではない。


 エレーヌ自身の。


 心拍。


 呼吸。


 自律神経。


 魔力の流れ。


 その全てへ。


 同期生成魔素を重ねていく。


 淡い白色の魔素が。


 主要魔力回路の閉塞部へ到達した。


 一度。


 長年沈着していた魔素が揺れる。


「反応があります!」


 フランソワが声を上げる。


 二度。


 閉塞の表面へ。


 小さな亀裂が走った。


「閉塞部」


「崩れ始めています」


 長年。


 動くことのなかった魔素が。


 少しずつ。


 エレーヌ自身の魔力の流れへ引き寄せられていく。


 厚く沈着していた閉塞が。


 ゆっくりと崩れ始めた。


「回収経路を開きます」


 ノエルが。


 術式を切り替える。


 閉塞部から剥がれ落ちた余剰魔素が。


 体外へ伸びる誘導路を通り。


 回収用の魔水晶へ流れ込んでいく。


 透明だった魔水晶が。


 淡い白色へ染まり始めた。


 だが。


 主要魔力回路の閉塞が外れた瞬間。


 長年。


 行き場を失っていた大量の魔素が。


 一気に流れ出した。


「流量上昇!」


「規定値を超えます!」


 ノエルが。


 必死に制御術式を操作する。


「第一魔水晶」


「容量八十パーセント!」


「九十!」


「第二魔水晶へ切り替えます!」


 回収経路が切り替わる。


 しかし。


 二つ目の魔水晶も。


 凄まじい速さで白く染まっていく。


「心拍低下!」


 ホルトンの声が響く。


「魔力回路に損傷反応!」


 ホルトンは。


 損傷の生じた回路へ。


 すぐに治療魔法を重ねた。


 アルベルトが。


 緊急遮断術式へ力を込める。


「中断するぞ」


「待って!」


 フランソワが。


 観測器を見つめたまま叫んだ。


「今止めたら」


「流れ始めた魔素が」


「身体の中に残る!」


「再び閉塞する可能性がある!」


 続ければ。


 エレーヌの身体が耐えられないかもしれない。


 止めれば。


 流れ始めた大量の魔素が。


 再び魔力回路へ沈着する。


 どちらを選んでも。


 危険だった。


 ルシエは。


 母の手を強く握り締めた。


「お母さん」


「もう少しだけ」


「頑張ってください」


 返事はない。


 それでも。


 微かに。


 エレーヌの指が動いた。


 ルシエは。


 その僅かな変化を見逃さなかった。


 エレーヌの身体に残された。


 弱い魔力の流れ。


 今にも消えてしまいそうな。


 細い流れ。


 だが。


 確かに。


 エレーヌ自身の魔力だった。


「ノエル」


「流量を下げてください」


 ノエルが。


 ルシエを見る。


「でも」


「流量を下げたら」


「最後の閉塞まで届かない」


「流量ではなく」


「同期で動かします」


 ノエルは。


 一瞬だけ迷った。


 そして。


 すぐに術式を切り替える。


「流量」


「規定値まで低下」


 淡い白色の流れが。


 少しずつ穏やかになる。


 閉塞を押し流す力は弱まった。


 その代わり。


 エレーヌ自身の魔力へ。


 より深く。


 より正確に重なっていく。


 最後に残った。


 主要魔力回路の閉塞。


 分厚く沈着した魔素が。


 淡い白色の流れへ感応する。


 一度。


 大きく揺れた。


 そして。


 ゆっくりと。


 エレーヌ自身の魔力の流れへ。


 剥がれ落ちていく。


「最後の閉塞」


「解除!」


「主要回路が開きました!」


 フランソワの声が。


 治療室へ響き渡る。


 エレーヌ自身の魔力が。


 何年ぶりかに。


 閉塞していた主要魔力回路を通り抜けた。


 細く。


 弱く。


 それでも確かに。


 全身へ。


 魔力が巡り始める。


「余剰魔素」


「回収経路へ移行します!」


 ノエルが。


 体内に残された魔素を。


 魔水晶へ誘導していく。


「第三魔水晶」


「容量六十」


「七十……」


「流量低下!」


「回収終了!」


 アルベルトが。


 即座に指示を出した。


「治療回路を遮断しろ」


「外界との接続」


「切断済み」


「同期生成魔素の供給」


「停止」


「患者との接続」


「分離します」


「逆流」


「ありません」


 全ての術式が。


 順番に停止していく。


 淡い白色の光が消え。


 治療室は。


 静寂に包まれた。


 誰も。


 声を出すことができなかった。


 ホルトンが。


 エレーヌの身体へ手を当てる。


 生命反応。


 魔力回路。


 体内に残された魔素。


 損傷した回路の状態。


 一つずつ。


 慎重に確認していく。


 長い沈黙。


 ルシエは。


 母の手を握ったまま。


 ホルトンの言葉を待った。


 やがて。


 ホルトンが。


 ゆっくりと顔を上げる。


「主要魔力回路」


「正常に開通している」


「余剰魔素も」


「全て規定値以下」


「不可逆的な回路損傷」


「確認できない」


「新たな閉塞も」


「発生していない」


 ルシエは。


 震える声で尋ねた。


「魔素汚染は……?」


 ホルトンは。


 もう一度。


 慎重に診察結果を確認する。


 そして。


 静かに頷いた。


「魔素汚染反応」


「消失」


「治療は」


「成功だ」


 その言葉が。


 すぐには理解できなかった。


 成功。


 母を。


 救うことができた。


 エレーヌ自身の魔力が。


 全身を巡っている。


 青白かった頬へ。


 少しずつ。


 血色が戻り始める。


 やがて。


 エレーヌの瞼が。


 僅かに動いた。


 ゆっくりと。


 その目が開かれる。


「ルシエ……」


「お母さん……」


 ルシエの瞳から。


 堪えていた涙が溢れ出した。


 エレーヌは。


 まだ力の戻らない腕を伸ばし。


 娘の頬へ触れる。


「ありがとう」


 ルシエは。


 母の胸元へ顔を埋めた。


「よかった……」


「本当に」


「よかった……」


 エレーヌは。


 泣き続ける娘を。


 震える腕で。


 優しく抱き締めた。


 世界初の無属性魔法が。


 初めて救ったものは。


 世界ではなく。


 たった一人の。


 母親の命だった。

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