第137話 医学的審査
ルシエとノエルは。
完成した治療理論を。
アルベルト教授へ提出した。
アルベルトが確認するのは。
魔法理論。
術式構造。
再現性。
安全機構。
だが。
人体へ使用できるかどうかは。
魔法理論だけでは判断できない。
アルベルトは。
医学の最高権威である。
ホルトンを研究室へ招いた。
そして。
助手として。
フランソワも審査へ加わる。
ホルトンは。
治療回路を一つずつ確認していく。
患者の自律神経へ同期する危険性。
閉塞が解除された瞬間に。
魔力回路へ負荷がかかる可能性。
長年沈着していた魔素が移動することで。
周囲の組織へ与える影響。
魔水晶の容量。
流量。
逆流。
緊急停止後の魔素の行き先。
考え得る危険を。
一つ残らず洗い出していく。
「模擬回路と」
「生きた人間の身体は違う」
「模擬回路は」
「痛みも感じなければ」
「恐怖で心拍が乱れることもない」
「予想外の反応も起こらない」
ルシエは。
その全てに答えた。
危険は否定しない。
成功も断言しない。
分かっていること。
まだ分かっていないこと。
実験で確認できたこと。
これから検証が必要なこと。
全てを正直に説明した。
長い審査が終わる。
ホルトンは。
静かに研究記録を閉じた。
「私は」
「長年」
「魔素汚染を研究してきた」
「だが」
「根本的な治療法には」
「最後まで辿り着けなかった」
研究室が静まり返る。
ホルトンは。
完成した治療回路へ視線を向けた。
「君たちは」
「魔素を消そうとはしなかった」
「本来の流れへ戻す」
「その発想へ辿り着いた」
「……実に興味深い」
そして。
隣のフランソワを見る。
「どう思う?」
フランソワは。
治療回路の図を見つめる。
「危ないと思うよ」
ルシエの肩が僅かに強張る。
だが。
フランソワは微笑んだ。
「でも」
「今までの治療より」
「ずっと患者さんの身体に寄り添ってる」
「魔素を無理やり消さない」
「力ずくで引き剥がさない」
「身体の流れに合わせて」
「自然な循環へ戻してる」
「私は」
「試してみる価値があると思う」
ホルトンも。
静かに頷いた。
「医学的に」
「完全な安全は保証できない」
「だが」
「理論上」
「患者への負担は」
「従来の治療法より小さい」
「安全機構も」
「現時点で考え得る限り」
「十分に組み込まれている」
アルベルトが尋ねる。
「結論は」
ホルトンは。
迷うことなく答えた。
「患者本人の同意」
「私とフランソワの立ち会い」
「少しでも異常が確認された場合は」
「直ちに治療を中断すること」
「その条件で」
「人体への使用を許可する」
ルシエは。
安堵の息を吐く。
フランソワが。
二人を見て。
にこりと笑った。
「二人とも」
「本当にすごいね」
「ここまで作っちゃうなんて」
ルシエは首を振る。
「フランソワ先生のおかげです」
「安全性について考えられたのも」
「先生から教わったことがあったからです」
ノエルも頷いた。
「ありがとうございました」
フランソワは。
少し照れたように笑う。
「私は」
「普通のことを言っただけだよ」
「正直」
「今でも全部は分かってないし」
「でも」
「二人がいっぱい考えて」
「いっぱい実験したことは分かる」
「だから」
「私は安心して背中を押せるかな」
ホルトンは。
二人を見つめる。
「君たちは」
「理論だけで終わらせなかった」
「再現性」
「安全性」
「その両方を積み上げた」
「よくここまで仕上げた」
そして。
エレーヌの診察記録へ目を落とす。
「幸い」
「エレーヌさんには」
「まだ時間は残されている」
「だが」
「魔素汚染は少しずつ進行している」
「焦る必要はない」
「しかし」
「のんびり構えている時間もない」
「安全性を確認しながら」
「できるだけ早く」
「臨床へ移れるよう準備を進めよう」
アルベルトも。
静かに頷く。
「理論は完成した」
「次は」
「それを人を救う技術へ仕上げる番だ」
魔法理論。
そして医学。
その双方から。
世界初の魔素汚染治療法は。
条件付きで。
人体への使用が認められた。




