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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第126話 私にも魔法が使えた

 実験室。


 ルシエとノエルは。


 完成した同期理論を、一つの術式として組み上げていた。


 自然界の魔素を。


 術者と直接繋げない。


 まず、中間領域へ取り込む。


 そこで術者の魔力と感応させ。


 必要量が集まった時点で、自然界との接続を遮断する。


 残されるのは。


 術者と性質の近い生成魔素だけ。


 その生成魔素を。


 術者の自律神経へ接続する。


 術者の身体が変化すれば。


 生成魔素も同時に変化する。


 互いを追いかける必要はない。


 最初から。


 同じ変化を共有する。


 そして。


 生成魔素は術者の身体へ戻さず。


 外部魔法式へ直接供給する。


 それが。


 二人の辿り着いた無属性魔法理論だった。



 最後の術式を書き終え。


 ノエルが静かにペンを置いた。


「これで」


「理論上は完成だ」


 ルシエも頷く。


「はい」


「あとは」


「実際に発動できるか確かめるだけです」


 だが。


 実験室にいるのは、二人だけではなかった。


 壁際には。


 アルベルト教授と。


 治療用の杖を持った治療術師が立っている。


 先日の事故を受け。


 今回の実験は。


 アルベルトの監督と。


 治療術師の立ち会いを条件に、許可されていた。


 アルベルトは。


 完成した魔法陣を厳しい目で見つめる。


「先に言っておく」


「少しでも異常が確認されれば」


「その時点で実験を中断する」


「そして」


「再び負傷者が出れば」


 ルシエとノエルを見る。


「この研究は」


「私の権限で中止させる」


 実験室に。


 重い沈黙が落ちた。


「真理への執念は必要だ」


「だが」


「研究者の命を使い潰すことを」


「執念とは呼ばない」


 ルシエは静かに頭を下げた。


「分かりました」


 ノエルも頷く。


「異常があれば」


「即座に中断します」


「よろしい」


 アルベルトは。


 緊急遮断装置の前へ立った。


「では」


「被験者を決めろ」


 ノエルは完成した魔法陣を見下ろす。


「僕が入る」


「駄目です」


 ルシエは即座に答えた。


 ノエルが顔を上げる。


「でも」


「前回も僕が被験者だった」


「だからです」


 ルシエは。


 ノエルの右腕へ視線を落とした。


「魔力回路は」


「まだ完全には治っていないでしょう?」


 ノエルは何も答えなかった。


 外見上。


 傷はほとんど消えている。


 日常生活にも支障はない。


 だが。


 暴走した魔素によって損傷した魔力回路は。


 未だ完全には回復していなかった。


 治療術師も静かに告げる。


「魔力回路の損傷は」


「まだ残っています」


「同じ箇所へ負荷がかかれば」


「今度は後遺症が残る可能性があります」


「それでも――」


 ノエルが反論しようとする。


「駄目です」


 ルシエは。


 ノエルを真っ直ぐに見つめた。


「これ以上」


「ノエルを危険な目に遭わせることはできません」


「この術式は」


「自律神経へ接続します」


「前回より安全対策を増やしたとはいえ」


「何が起こるか分かりません」


「だからこそ」


 ルシエは。


 魔法陣の中央へ歩み出た。


「今回は」


「私が被験者になります」


 ノエルの表情が変わる。


「駄目だ」


「君がやる必要はない」


「あります」


 ルシエは静かに答えた。


「これは」


「私の研究です」


「私の母を救うために始めた研究です」


「それに」


「この魔法が完成すれば」


「四大属性へ適性を持たない私でも」


「使える可能性があります」


 ノエルは唇を結ぶ。


「だからといって」


「君が危険を負う理由にはならない」


「ノエルが危険を負う理由にもなりません」


 実験室が静まり返る。


 ルシエは。


 少しだけ声を和らげた。


「お願いします」


「今回は」


「私にやらせてください」


 ノエルはしばらく黙っていた。


 やがて。


 深く息を吐く。


「……分かった」


「ただし」


「少しでも異常があれば」


「僕の判断で即座に術式を切る」


「はい」


「君が続けられると言っても切る」


「分かりました」


「絶対に無理はしないでくれ」


 ルシエは小さく笑う。


「ノエルも」


「前回は同じことを言われていましたよ」


「だから言ってるんだ」


 アルベルトは。


 二人のやり取りを黙って聞いていた。


「被験者はルシエ」


「ノエルは術式全体の管理」


「私は緊急遮断を担当する」


「治療術師は」


「ルシエの身体に異常が確認された時点で治療を開始」


 四人が頷く。


「一度しか言わない」


「成功よりも」


「生還を優先しろ」



 実験室には。


 幾重もの安全術式が展開されていた。


 中間領域安定術式。


 自然界遮断術式。


 魔素濃度制限。


 逆流防止術式。


 緊急切断術式。


 術者と魔法陣を瞬時に切り離す分離回路。


 複数の観測器は。


 生成魔素の状態。


 自律神経との同期。


 術式全体の安定性。


 そして。


 ルシエの生命反応を監視している。


 ノエルは全ての装置を。


 一つずつ確認していった。


「逆流防止術式」


「正常」


「緊急切断術式」


「正常」


「分離回路」


「正常」


「生命反応」


「異常なし」


 治療術師も。


 ルシエの身体を確認する。


「心拍」


「呼吸」


「魔力回路」


「全て正常です」


 ノエルは最後に。


 魔法陣の中央へ立つルシエを見た。


「準備はいい?」


 ルシエは。


 父から受け継いだ長杖を握る。


「はい」


 ノエルが深く息を吐いた。


「では」


「最終実験を開始します」



 魔法陣が起動した。


 淡い光が床一面へ広がる。


「中間領域」


「形成開始」


 ノエルが術式を確認する。


 周囲の魔素が。


 静かに中間領域へ集まっていく。


「生成魔素」


「形成開始」


 ルシエが。


 ごく少量の魔力を外へ放つ。


 術者固有の魔力が。


 中間領域へ取り込まれた魔素へ。


 静かに感応する。


「生成魔素」


「必要量へ到達」


「自然界との接続を遮断する」


 ノエルが術式を切り替えた。


 魔法陣が。


 一度だけ強く輝く。


 次の瞬間。


 外界との繋がりが断たれた。


 中間領域に残されたのは。


 ルシエと性質の近い生成魔素だけ。


「外部との接続」


「完全遮断を確認」


「魔素濃度」


「規定値以内」


 アルベルトの手が。


 緊急遮断装置へ添えられる。


「続けろ」


「はい」



「自律神経との同期」


「開始する」


 ルシエは目を閉じた。


 ゆっくりと呼吸する。


 生成魔素へ。


 自律神経との接続術式が伸びていく。


 だが。


 その瞬間。


 観測器が赤く点滅した。


「同期に乱れ!」


 生成魔素が僅かに揺らぐ。


 ルシエの鼓動が速くなった。


 初めての人体実験。


 前回の事故。


 失敗した時の恐怖。


 そして。


 今度こそ研究を失うかもしれないという不安。


 その緊張が。


 自律神経を通して。


 そのまま生成魔素へ伝わっている。


 治療術師が一歩前へ出た。


 アルベルトも。


 緊急遮断装置へ力を込める。


「ルシエ!」


 ノエルが叫ぶ。


「呼吸を整えて!」


「術式じゃない!」


「君自身を落ち着かせるんだ!」


 ルシエは小さく頷いた。


 父から受け継いだ長杖を。


 強く握りしめる。


(お父さん……)


 ゆっくりと息を吸う。


 静かに吐く。


 一度。


 もう一度。


 鼓動が落ち着いていく。


 呼吸が整う。


 乱れていた自律神経が。


 少しずつ安定していく。


 それと同時に。


 揺れていた生成魔素も。


 まるで鏡のように。


 同じ速度で穏やかになっていった。


 ノエルが観測器を見つめる。


「同期率」


「上昇してる」


「八十五」


「九十」


「九十五……」


 数値が。


 少しずつ上がっていく。


「同期」


「安定した!」


 治療術師が生命反応を確認する。


「身体への逆流」


「ありません」


「魔力回路にも」


「異常は確認できません」


 アルベルトは。


 緊急遮断装置から手を離さないまま告げた。


「外部魔法式へ供給しろ」


「はい」



 ルシエは目を開いた。


 生成魔素が。


 術者の身体へ逆流することなく。


 外部魔法式へ流れ込んでいく。


 暴走はない。


 拒絶反応もない。


 術式は。


 静かに安定していた。


「ルシエ」


 ノエルが静かに呼びかける。


「魔法を」


「発動して」


 ルシエは。


 ゆっくりと右手を前へ差し出した。


 外部魔法式が起動する。


 生成魔素が。


 術式を満たしていく。


 そして。


 掌の上へ。


 ふわりと。


 小さな光が灯った。


 淡い白色。


 暗黒によって生み出される魔力は。


 深い黒色を帯びる。


 火。


 水。


 風。


 土。


 属性魔法によって生み出される力も。


 それぞれの属性に応じた色を持つ。


 だが。


 ルシエの掌に浮かぶ光は。


 どの属性にも染まっていなかった。


 光魔法による。


 魔素の完全分解で生まれた輝きでもない。


 属性魔粒子へ変換される前。


 何ものにも染まっていない。


 魔素本来の。


 淡い白色。


 熱はない。


 冷たくもない。


 風も起こさない。


 重さもない。


 火ではない。


 水でもない。


 風でもない。


 土でもない。


 四大属性。


 その、どれにも属さない。


 無属性の光だった。



 ルシエの唇が震えた。


「私にも……」


 ルシエは。


 全く魔法を使えなかったわけではない。


 古くから伝わる伝統魔法なら。


 長い準備と。


 複雑な術式を用いることで。


 かろうじて現象を起こすことはできた。


 だが。


 それは。


 四大属性へ適性を持つ者たちが。


 自らの魔力で。


 当たり前のように魔法を使う姿とは違っていた。


 幼い日。


 四大属性。


 すべて適性なし。


 そう告げられた。


 魔法は使えない。


 無能だ。


 知識しか持たない。


 何度も。


 何度も笑われた。


 それでも。


 研究だけはやめなかった。


 母を救うため。


 魔法を諦めないため。


 考え続けた。


 学び続けた。


 歩き続けた。


 そして今。


 誰かが作った術式へ。


 かろうじて手を伸ばしたのではない。


 自分が考え。


 自分が組み上げた。


 世界に存在しなかった魔法が。


 自分の魔力によって。


 確かに発動している。


 初めて。


 本当の意味で。


 魔法を使うことができた。


 その全てが。


 掌の上で。


 淡い白色に輝いている。


 涙が。


 一筋、頬を伝った。


「私にも……」


「魔法が使えた……」



 ノエルも。


 隣で静かに笑っていた。


「できたな」


 ルシエは涙を拭いながら頷く。


「はい……!」


 治療術師も。


 安堵したように息を吐く。


 アルベルトは。


 淡い白色の光と。


 観測器に並ぶ数値を。


 何度も見比べていた。


 逆流なし。


 拒絶反応なし。


 魔力回路への損傷なし。


 自律神経との同期。


 安定。


 そして。


 四大属性を介さない現象の発生。


 アルベルトは。


 ゆっくりと緊急遮断装置から手を離した。


「記録しろ」


 震えを抑えるように。


 静かな声で告げる。


「最終実験」


「成功だ」


 この日。


 世界で初めて。


 四大属性に属さない。


 新たな魔法体系が誕生した。


 無属性魔法。


 無能と呼ばれた少女は。


 世界に存在しなかった魔法を。


 その手で完成させた。

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