第125話 同期理論
翌朝。
実験室。
ルシエは黒板の前へ立った。
「まず」
「昨日の話を整理しましょう」
白いチョークを手に取る。
大きく二つの言葉を書いた。
完全複製 ×
同期 〇
ノエルも静かに頷く。
「マイヤー先生は間違っていない」
「完全複製なら」
「完成まで数十年かかる」
「でも」
「前提そのものを変えればいい」
ルシエは新しい紙を机へ広げた。
「私たちが目指すべきなのは」
「複製ではありません」
「同期です」
さらに。
黒板へ四つの項目を書き加える。
一、同期領域
二、生成魔素の保存
三、自律神経との同期
四、安全機構
「この四つが完成すれば」
「理論は成立します」
◇
「まず」
「最初の課題です」
ルシエは魔法陣を書き始めた。
「自然界の魔素は」
「術者だけに影響されているわけではありません」
ノエルが続ける。
「周囲の魔素とも」
「常に感応している」
「その状態で術者と同期させても」
「外部の影響を受け続ける」
ルシエは事故記録へ視線を落とした。
「性質が少しでも変化すれば」
「また同じ事故が起こります」
「なら」
新しい円を描く。
「術者と自然界を」
「直接繋げなければいいんです」
さらに。
二つの円の間へ。
もう一つ、小さな円を書き加えた。
「中間領域……」
ノエルが呟く。
「はい」
「自然界から取り込んだ魔素は」
「一度、この領域へ送ります」
「ここで術者の魔力と感応させ」
「必要量が集まった時点で」
「自然界との接続を遮断します」
ノエルの表情が変わった。
「そうか」
「そうすれば」
「生成した魔素は」
「外界の影響を受けない」
「はい」
「完全に独立した状態になります」
ルシエは。
黒板の一つ目へ、小さく印を付けた。
一、同期領域 ✓
ノエルは腕を組む。
「でも」
「保存しただけでは」
「また時間とともにずれていく」
「結局」
「古い魔力になる」
実験室が静まり返った。
二人の脳裏に。
昨日のフランソワの言葉が蘇る。
『一緒に変わるようにすればいいんじゃない?』
ルシエは顔を上げた。
「固定する必要はありません」
「生成魔素そのものを」
「術者と同期させます」
新しい術式を書き始める。
「人の身体は」
「心拍」
「呼吸」
「体温」
「疲労」
「感情」
「様々な情報を」
「自律神経が制御しています」
ノエルも隣から式を書き足した。
「つまり」
「魔力の変化も」
「自律神経と深く結び付いている」
「なら」
ルシエは魔法陣の中心へ。
新たな回路を描く。
「生成魔素も」
「同じ自律神経へ接続します」
ノエルが計算式を整理していく。
「術者の身体が変化した瞬間」
「術者の魔力と」
「生成魔素が」
「同時に変化する」
「観測は不要」
「再演算も不要」
「複製も不要」
「必要なのは」
「同期だけだ」
ルシエは静かに息を呑んだ。
「これなら」
「追いかける必要がありません」
黒板へ。
さらに二つの印が加わる。
二、生成魔素の保存 ✓
三、自律神経との同期 ✓
◇
二人は無言で術式を書き続けた。
昨日まで壁を埋め尽くしていた補助術式。
複雑な補正式。
膨大な観測式。
一つ。
また一つと消えていく。
「ここも不要です」
「ああ」
「この補正式も削れる」
紙の上が。
少しずつ整理されていく。
複雑だった魔法陣は。
逆に。
美しく洗練されていった。
だが。
ルシエの手が止まる。
「……まだ終わりではありません」
「同期が途切れた瞬間」
「生成魔素は」
「再び異物になります」
ノエルも静かに頷いた。
「最後は」
「安全機構だ」
「同期率が一定以下になれば」
「即座に接続を遮断する」
「それだけでは足りません」
「生成魔素が暴走した場合に備えて」
「術者と魔法陣を」
「瞬時に切り離す機構も必要です」
「ああ」
「逆流を防ぐ術式もいる」
ルシエは新しい紙を取り出した。
黒板には。
最後の一項目だけが残されている。
四、安全機構 □
ルシエは。
その文字を静かに見つめた。
「あと一つです」
ノエルは微笑む。
「ああ」
「初めて」
「ゴールが見えた」
昨日までの焦りは。
もうそこにはなかった。
二人は再びペンを走らせる。
世界初の無属性魔法。
その完成へ向けて。
理論は。
確実に形になり始めていた。




