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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第124話 難しく考えすぎてない?

 数十年。


 マイヤーから告げられた言葉が。


 ルシエの頭から離れなかった。


 研究方法は間違っていない。


 理論も成立する可能性がある。


 だが。


 完成までには。


 少なくとも数十年かかる。


 エレーヌには。


 そんな時間は残されていない。


 だからといって。


 諦めることなどできなかった。



 ルシエとノエルは。


 再び研究室へ籠もっていた。


 魔力の密度。


 流速。


 周期。


 位相。


 心拍。


 呼吸。


 神経活動。


 体温。


 疲労。


 感情。


 術者固有の魔力を。


 完全に複製するため。


 必要だと思われる測定項目を、一つずつ増やしていく。


 そのたびに。


 術式は、以前よりも複雑になった。


 魔法陣は何重にも重なり。


 計算式は壁を埋め尽くす。


 一つの数値を修正すれば。


 別の部分にずれが生じる。


 そのずれを直せば。


 さらに別の数値が狂う。


「……駄目」


 ルシエは机へ手をついた。


「また位相がずれています」


 ノエルも観測記録を確認する。


「心拍に合わせて補正したせいだ」


「呼吸の変化に、演算が追いついていない」


「なら」


「呼吸専用の補助術式を追加します」


「でも」


「それを入れたら、神経活動との接続が不安定になる」


 ルシエは唇を噛んだ。


「それでも」


「やるしかありません」


「測定項目を増やして」


「もっと正確に」


「もっと完全に」


「同じ魔力を作らないと」


 ノエルは何も言えなかった。


 二人とも。


 この方法では間に合わないと分かっている。


 それでも。


 他に道が見つからなかった。


 その時。


 研究室の扉が開いた。


「やっほー」


 場違いなほど明るい声が響く。


 ルシエとノエルが振り返った。


 そこには。


 紙袋を片手に持ったフランソワが立っていた。


「フランソワ先生?」


「なんか」


「二人とも研究中に怪我したって聞いたから来たよー」


 フランソワは二人を順番に眺める。


「もう大丈夫?」


「はい」


「ご心配をおかけしました」


「よかったー」


 フランソワは安心したように笑う。


 そして。


 研究室の中を見渡した。


 床へ広がる巨大な魔法陣。


 幾重にも重なった術式。


 壁を埋め尽くす計算式。


 机や床へ積み上げられた観測記録。


「ふーん」


 魔法陣の周囲を歩く。


「なるほどねー」


 ルシエは少し緊張しながら、フランソワの反応を待った。


 やがて。


 フランソワが尋ねる。


「これ」


「何の研究?」


 ルシエは固まった。


「……今」


「なるほど、と言いませんでしたか?」


「魔法陣がすごく複雑だなーって」


「内容は全然分かってないよ」


 ノエルが小さくため息を吐く。


 ルシエは気を取り直した。


「無属性魔法の研究です」


「外部にある魔素を」


「術者固有の魔力と同じ性質へ変化させます」


「完成すれば」


「体内へ入り込んだ魔素だけを分解できるはずです」


「お母様の治療に必要なんです」


「へー」


 フランソワは壁へ書かれた計算式を見る。


「面白くなさそう」


 研究室が静まり返った。


「……面白くなさそう、ですか?」


「うん」


「すっごく面倒くさそうだし」


「つまんなそう」


 あまりにも率直だった。


 ノエルは何とも言えない顔をする。


 ルシエも反応に困った。


 フランソワは気にせず。


 床へ広がる魔法陣の中央を覗き込む。


「でも」


 首を傾げた。


「これ」


「難しく考えすぎてない?」


 ルシエの表情が変わる。


「どういう意味ですか?」


「だって」


「外部魔素を」


「術者固有の魔力と」


「完全に同じものへ変える必要ってある?」


 ルシエはすぐに答えた。


「あります」


「同じ魔力でなければ」


「術者の身体や魔法式が」


「正常に受け入れられません」


「異なる性質の魔力が触れれば」


「互いを異物として判断し」


「衝突します」


「実際に」


「ノエルの身体でも事故が起きました」


 フランソワは事故記録を手に取る。


「これ?」


「はい」


 記録へ目を通す。


 魔力波の複製。


 外部魔素の変換。


 術者の魔力との接触。


 そして。


 僅かなずれによって起きた衝突。


「ふーん」


 フランソワは数枚の記録をめくった。


「でも」


「これって」


「同じものを作ろうとしたから」


「ぶつかったんじゃないの?」


 ルシエとノエルは。


 同時に言葉を止めた。


「……どういうことですか?」


 フランソワは事故記録を指差す。


「だって」


「ノエル君の魔力と」


「外から作った魔力」


「最初は同じだったんでしょ?」


「はい」


「でも」


「ノエル君の魔力だけ」


「少しずつ変わった」


「だから」


「同じだった二つが」


「途中で違うものになってぶつかった」


 ルシエは小さく頷く。


「その通りです」


「だから」


「術者の魔力が変化するたびに」


「外部魔素も測定し直して」


「同じ状態へ補正する必要があります」


 フランソワは首を傾げた。


「それ」


「間に合わないよね?」


「……はい」


「測って」


「計算して」


「作り直してる間に」


「また変わるんでしょ?」


「はい」


 フランソワは二人を見比べる。


「頭硬いねー」


 研究室が静まり返った。


「……頭が硬い?」


「うん」


「同じものを作らないと駄目」


「変わったら測り直さないと駄目」


「ずっと、それしか考えてないでしょ?」


 ルシエは反論しようとする。


「ですが」


「異なる魔力は、身体に受け入れられません」


「だから」


「同じものにしなければ――」


「だから」


 フランソワは、机の上に置かれていた二本のペンを手に取った。


「同じものを」


「二つ作るのをやめればいいんじゃない?」


 ルシエの言葉が止まる。


 フランソワは。


 二本のペンを並べた。


「こっちがノエル君の魔力」


「こっちが外から作った魔力」


「同じ形にした」


 片方のペンだけを少しずらす。


「でも」


「ノエル君の魔力だけ変わった」


「だから」


「二つが違うものになってぶつかった」


 続いて。


 二本のペンを重ねるように持った。


「だったら」


「あとから同じ形を作って追いかけるんじゃなくて」


「最初から」


「一緒に変わるようにすればいいんじゃない?」


 ルシエは目を見開いた。


 ノエルも息を呑む。


「一緒に……変わる?」


「うん」


 フランソワは机の上へ二本のペンを置いた。


「医学のことは」


「あんまり分かんないけど」


「お父さんが言ってたよ」


「人の身体って」


「ずっと同じ状態じゃないんだって」


「心拍も」


「呼吸も」


「体温も」


「神経も」


「本人が意識してなくても」


「勝手に変わり続ける」


 ルシエは小さく呟く。


「自律神経……」


「そう、それ」


 フランソワは頷いた。


「一つずつ測って」


「変わるたびに追いかけるより」


「最初から自律神経へ繋いじゃえばいいんじゃない?」


「身体が変わったら」


「作った魔素も」


「一緒に変わるようにするの」


 ルシエとノエルは。


 床へ広がる魔法陣を見下ろした。


 術者の魔力を。


 一瞬ごとに観測する。


 変化を測定する。


 同じ状態を作り直す。


 それが。


 これまで二人が考えていた方法だった。


 だが。


 それでは必ず遅れる。


 術者の変化を確認してから。


 生成魔素へ反映させるまでの間に。


 術者の魔力は、さらに変化している。


 どれほど演算を速めても。


 追いつくことはできない。


 ルシエは呟く。


「後から合わせるのではなく」


「最初から」


「変化する仕組みそのものへ組み込む……」


 ノエルも資料へ視線を落とす。


「術者と生成魔素を」


「同じ自律神経へ接続する」


「そうすれば」


「術者の身体状態が変化した瞬間」


「双方の魔力が同時に変化する」


「観測も」


「再演算も必要ない」


 フランソワは笑った。


「そうそう」


「たぶん、そんな感じ」


 ルシエは魔法陣の中央へ歩み寄る。


「でも」


「自然界の魔素を直接、自律神経へ接続すれば」


「外部魔素が流れ込み続けます」


「量を制御できません」


「それに」


「外部魔素は常に周囲の魔素と感応しています」


 ノエルが続ける。


「術者の魔力へ感応させても」


「外部との接続が残ったままなら」


「周囲の魔素の影響を受け続ける」


「性質が変化する可能性がある」


 僅かに変化した魔素は。


 完全な異物とは判断されない。


 術者の魔力に近いまま。


 身体の拒絶反応をすり抜ける。


 そして。


 内部へ入り込んだあとで衝突する。


 それが。


 今回の事故を引き起こした。


「なら」


 ルシエは。


 新しい紙を机へ広げた。


「術者の魔力と」


「自然界の魔素を直接繋げない」


「一度」


「両者の間に」


「中間となる空間を作る」


 ノエルの表情が変わる。


「感応させた魔素を」


「その空間へ保存する」


「必要量が溜まった時点で」


「自然界との接続を遮断する」


「はい」


「外部から完全に切り離された状態で」


「術者の魔力と」


「生成した魔素だけを残します」


 ルシエは。


 新しい魔法陣を書き始める。


「生成魔素は」


「術者と完全に同じものではない」


「似ているけれど」


「別の魔素」


「だから」


「変化によって同一性が崩れることもない」


 ノエルも隣へ座り。


 計算式を書き加える。


「その生成魔素を」


「術者の自律神経へ接続する」


「術者の状態が変われば」


「術者の魔力と生成魔素が」


「同時に変化する」


「互いを追いかけるのではない」


「最初から」


「同じ変化へ同期させる」


 二人の手が止まらない。


 何重にも重ねていた補助術式。


 壁を埋め尽くした測定項目。


 膨大な演算式。


 その大半が。


 必要なくなっていく。


 フランソワは。


 新しく描かれていく魔法陣を眺めた。


「簡単になったねー」


 ルシエは顔を上げる。


「簡単ではありません」


「まだ」


「中間空間の安定化」


「外部魔素の遮断」


「自律神経との接続」


「生成魔素の保存」


「解決すべき問題が――」


「ほら」


「また難しくしてる」


 フランソワは笑った。


「一個ずつやればいいじゃん」


 ルシエは言葉を止める。


 ノエルが思わず苦笑した。


「……マイヤー先生が嫌う理由」


「少し分かった気がします」


「マイヤー先生?」


「昨日」


「あなたとホルトン先生の研究への向き合い方が」


「どうしても気に入らないと言っていました」


「えー」


 フランソワは頬を膨らませる。


「マイヤー先生」


「まだ怒ってるの?」


「一年かけた理論を」


「三十分で理解した件だと思います」


「あれ」


「褒めたのに」


 ルシエとノエルは。


 同時に黙った。


「悪意がないから」


「余計に腹が立つそうです」


「難しいねー」


 フランソワは机へ紙袋を置いた。


「じゃあ」


「お見舞いのお菓子置いて帰るね」


「もう帰るんですか?」


「うん」


「研究、つまんなそうだし」


 そう言い残し。


 フランソワは。


 いつもの軽い足取りで研究室を出ていった。


 残された二人は。


 しばらく閉じた扉を見つめる。


 やがて。


 ノエルが静かに口を開いた。


「……頭が硬かったのかもしれない」


 ルシエは。


 新しく描き始めた魔法陣へ視線を落とす。


「はい」


「私たちはずっと」


「同じ魔力を作ることしか考えていませんでした」


 完全に複製するのではない。


 変化を追い続けるのでもない。


 術者と。


 生成した新しい魔素を。


 同じ変化へ同期させる。


 行き止まりだったはずの研究に。


 新しい道が現れた。


 ルシエの瞳には。


 数日ぶりに。


 確かな光が戻っていた。

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