第121話 共同研究者
数日後。
ノエルは実験室を訪れた。
右手には松葉杖。
歩くたびに、小さく床を叩く音が響く。
魔力回路への損傷は回復し始めていた。
だが。
暴走した魔力は筋肉や内臓にも影響を与え。
まだ一人で歩くことすら困難だった。
それでも。
ノエルは研究を続けるために来た。
「……あれ」
扉を開けた瞬間。
足が止まる。
机の上から研究資料が消えていた。
観測記録も。
魔法式も。
試作品もない。
壁一面に描かれていた術式も。
綺麗に消されている。
部屋の中央では。
ルシエが静かに荷物を箱へしまっていた。
その姿を見た瞬間。
ルシエの手が止まる。
「ノエル……」
松葉杖をつく姿が目に入る。
胸が締め付けられる。
涙が溢れた。
「ごめんなさい……」
「私のせいで……」
ノエルは箱へ目を向けた。
「何をしてるんだ?」
ルシエは俯いたまま答える。
「研究は……中止します」
短い沈黙。
そして。
「勝手に終わらせるな」
静かな声だった。
だが。
その一言には、はっきりとした怒りが込められていた。
「ですが……」
「私の研究で」
「ノエルが傷つきました」
ノエルは首を横へ振る。
「君だけの研究じゃない」
ルシエは言葉を失う。
「俺は」
「君に付き合わされていたんじゃない」
「自分で考えて」
「自分で危険性を理解して」
「自分の意思で」
「この研究に参加した」
一歩。
松葉杖をつきながら前へ進む。
「俺は」
「君の共同研究者だ」
その言葉が。
ルシエの胸へ深く突き刺さる。
「失敗したなら」
「なぜ失敗したのかを調べればいい」
「次は」
「逆流しない術式を考える」
「安全装置を増やす」
「そうやって」
「少しずつ完成へ近づけるんだ」
ルシエは首を横へ振る。
「でも……」
「でもじゃない」
ノエルは真っ直ぐルシエを見つめた。
「君は」
「お母さんを助けるんだろ」
その一言で。
張り詰めていた糸が切れた。
「……うん」
涙が溢れる。
「うん……!」
止まらない。
何度も頷きながら。
泣き続けた。
ルシエは涙を拭う。
そして。
箱へしまっていた研究資料を取り出した。
観測記録を机へ戻す。
魔法式を広げる。
試作品を並べる。
壁へ。
もう一度、新しい魔法式を書こうとした。
その時だった。
不意に。
頭へ、そっと温もりが触れる。
ノエルの手だった。
松葉杖を脇に預け。
少し背伸びをするように。
ルシエの頭を優しく撫でる。
「一人で背負うな」
「共同研究者だろ」
その一言だけだった。
ルシエの瞳から。
また涙が溢れる。
「ありがとう……!」
ノエルは小さく笑った。
「さあ」
「研究の続きをしよう」
ルシエは大きく頷く。
「うん!」
二人は並んで机へ向かう。
観測記録を広げる。
魔法式を書き始める。
実験室には。
再び、研究者たちの時間が流れ始めていた。




