第120話 研究中止
ノエルが療養している間。
ルシエは、一人で実験室を訪れた。
誰もいない室内。
昨日まで二人で研究していた机。
壁一面に貼られた魔法式。
積み重ねられた観測記録。
失敗を繰り返した試作品。
そのすべてが。
二人で積み重ねてきた時間を物語っていた。
ルシエは静かに机へ歩み寄る。
一冊の研究記録を手に取る。
表紙には。
『外部魔力回路』
と書かれていた。
ページをめくる。
失敗。
失敗。
また失敗。
それでも。
一つずつ仮説を立て。
一つずつ検証し。
少しずつ真実へ近づいてきた。
ノエルと一緒に。
積み重ねてきた研究だった。
「……ごめんなさい」
ぽたり。
一滴の涙が、紙へ落ちる。
インクが滲む。
慌てて拭う。
だが。
涙は止まらなかった。
「ごめんなさい……」
研究記録を箱へしまう。
観測記録も。
魔法式も。
失敗した魔法陣も。
試作品も。
一つずつ。
静かに箱へ収めていく。
「これ以上……」
「誰かを傷つけるわけにはいきません」
ルシエは、机の上に残っていた一枚の書類を手に取る。
アルベルト教授から借りていた。
実験室使用許可申請書。
これも取り下げよう。
無属性魔法の研究は。
今日で終わりにする。
ノエルには。
何も相談しない。
これは。
自分が始めた研究だった。
だから。
終わらせるのも、自分の責任だ。
箱を抱き上げる。
その時。
机の上に、一枚だけ紙が残っていることに気付いた。
拾い上げる。
そこには、ノエルの字で書かれていた。
『絶対に成功させよう』
実験の合間。
二人で笑いながら書いた、ただ一言の走り書きだった。
ルシエの唇が震える。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
紙を胸に抱き締める。
涙が止まらない。
それでも。
ルシエは箱を抱えたまま。
一人で実験室を後にした。




