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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第119話 魔素暴走

 ノエルが、その場へ倒れた。


 全身の発熱。


 魔力回路を焼くような激痛。


 乱れる呼吸。


 薄れていく意識。


 短時間に。


 外部魔力と、変換途中の魔素が魔力回路へ逆流した。


「ノエル!」


 ルシエが駆け寄る。


 だが。


 ノエルは返事をしない。


「治療術師!」


「すぐに医療術式を!」


 アルベルトの指示が飛ぶ。


 治療術師が駆け寄り。


 複数の治療術式を展開する。


 暴走した魔力を抑え。


 体内へ流入した魔素を排出する。


 研究室は、一瞬で騒然となった。



 数時間後。


 ノエルは医務室の寝台で眠っていた。


 治療は成功した。


 幸い。


 魔力回路への損傷は軽度。


 長期的な後遺症も残らないという。


 それでも。


 ルシエは寝台の傍から離れられなかった。


 眠るノエルを見つめたまま。


 身体が小さく震えている。


「私が……」


 声にならない。


 喉が締め付けられる。


 頭の中が真っ白になる。


(いや……)


(いや……)


(なんで……)


(なんで……)


 母を救うために始めた研究だった。


 魔素汚染をなくすための研究だった。


 それなのに。


 自分は。


 最も大切な共同研究者を。


 母と同じ病気へ近づけてしまった。


「私が……」


「ノエルを……」


 その先の言葉だけは。


 どうしても口にできなかった。



「ルシエ」


 静かな声だった。


 振り返ると。


 アルベルトが立っていた。


「……教授」


「今回の事故は」


「外部魔力が、ノエル君の魔力と違いすぎたから起きたのではない」


 ルシエはゆっくりと顔を上げる。


「反対だ」


「あまりにも似すぎていた」


 アルベルトは観測記録を机へ広げた。


「術式も」


「人体も」


「外部魔力を異物として認識できなかった」


「だから、安全術式を通過した」


 ルシエは記録へ目を落とす。


 そこに並ぶ数値は。


 百パーセント。


 百パーセント。


 百パーセント。


 観測器は。


 最後まで成功を示していた。


「だが」


「完全に同じではなかった」


 アルベルトは静かに続ける。


「周期」


「位相」


「揺らぎ」


「観測器では捉えきれない、ごく僅かな差が残っていた」


「その差が」


「ノエル君自身の魔力と共振した」


 似ていたから。


 拒絶されなかった。


 違っていたから。


 暴走した。


「……そんな」


 ルシエは呟く。


 観測器では成功だった。


 理論上も成功だった。


 それでも。


 現実は。


 ノエルを傷つけた。


 アルベルトは記録を閉じる。


「だが」


「ノエル君が助かった理由もある」


 ルシエは顔を上げる。


「外部魔力は」


「限りなくノエル君の魔力へ近づいていた」


「最初は、その僅かな差によって魔素暴走を起こした」


「しかし」


「その性質は、あくまでもノエル君の魔力に極めて近い」


「だからこそ」


「時間とともに、ノエル君自身の魔力回路へ順応した」


 ルシエは息を呑む。


「順応……」


「君たちの仮説どおりだ」


「魔素は、術者固有の魔力へ応じる性質を持っている」


「暴走した力も」


「最終的には、その性質に従った」


「さらに」


「ノエル君自身の魔力回路が非常に強靱だったことも大きい」


「その二つが重なったからこそ」


「命を取り留めることができた」


 アルベルトは一拍置いた。


「もし」


「逆流したのが」


「今回のような、ノエル君へ同調した魔素ではなく」


「自然界に存在する、変換前の魔素だったなら」


 静かな声で告げる。


「ノエル君は、助からなかった」


 ルシエの肩が大きく震えた。


 あと少し。


 ほんの少し条件が違っていたら。


 ノエルは、もうここにはいなかった。


 ルシエは震える手で。


 眠るノエルの手を握る。


 温かい。


 その温もりが。


 胸を締め付けた。


「……ごめんなさい」


 小さな声だった。


 返事はない。


 ノエルは静かに眠り続けている。


 その姿が。


 かえってルシエの心を抉った。


「私のせいで……」


 唇が震える。


「私のせいで……」


 視界が滲む。


 ぽたり。


 ぽたりと。


 涙がノエルの手へ落ちた。


「私のせいで……!」


 堪えていた感情が、一気に溢れ出す。


「私が……」


「私が、こんな研究を始めたから……!」


「私が……!」


「ノエルを……!」


 言葉にならない。


 嗚咽だけが漏れる。


「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……!」


「私のせいで……!」


 何度も。


 何度も。


 謝り続ける。


 涙は止まらなかった。


 医務室には。


 ルシエのすすり泣く声だけが、静かに響いていた。

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