第116話 命の律
二人は。
同時抽出実験で得られた、すべての観測記録を机へ並べた。
成功した時。
失敗した時。
一つずつ比較していく。
魔力の密度。
流速。
抽出量。
魔素濃度。
温度。
術式の形。
誘引速度。
接触時間。
考えられる要因を、すべて照らし合わせる。
だが。
どの数値を比べても。
決定的な違いは見つからなかった。
「おかしい……」
ルシエは記録を見つめる。
「成功した時だけ」
「何かが違うはずなんですが……」
ノエルは。
成功した実験だけを抜き出し、観測波形を重ねて表示した。
その時だった。
「ルシエ」
「これを見てくれ」
表示された波形は。
一見すると、ほとんど変わらない。
だが。
拡大すると。
違いが現れた。
ノエルの魔力は。
一定に流れているようで。
実際には。
極めて細かな周期で揺らいでいた。
強く。
弱く。
速く。
遅く。
まるで。
呼吸や心拍のように。
一定の律動を刻んでいる。
「これは……」
ルシエは、さらに記録を重ねる。
成功した実験では。
外部魔素もまた。
ノエルの魔力と、同じ周期で僅かに揺れていた。
失敗した実験では。
その揺らぎは現れていない。
「外部魔素を変化させたのは……」
ルシエが静かに呟く。
「魔力そのものではなく」
「魔力が持つ、この波……?」
二人は。
同時に写本へ目を向ける。
『内なる魔素が命の律を得る時』
『外なる魔素もまた、その律へ応ずる』
「命の律……」
ノエルがゆっくり読む。
「この律って」
「波のことなのか」
「まだ断定はできません」
「ですが」
「少なくとも」
「成功した実験では」
「魔素は、この波へ応答しています」
これまで。
密度。
流速。
配列。
観測できる数値ばかりに注目していた。
しかし。
魔力には。
それとは別に。
術者固有の律動が存在するのかもしれない。
もし。
サイオスのいう『命の律』が、この波を指すのなら。
魔力回路は。
配列だけでなく。
その波まで含めて、術者固有の魔力を生み出していることになる。
ルシエは研究ノートを開いた。
『仮説』
そう書き。
続ける。
『命の律とは、術者固有の魔力が持つ波である可能性』
さらに。
新しい実験案を書き加えた。
『魔力波を外部魔素へ正確に伝達した場合、魔素は術者固有の魔力へ近づくか検証する』
まだ。
証明はできない。
それでも。
二人は初めて。
サイオスが残した『命の律』という言葉へ。
一つの意味を見出し始めていた。




