第115話 同時抽出
二人は。
実験方法を変更することにした。
先に取り出したノエルの魔力へ、後から外部魔素を混ぜるのではない。
ノエルの体内から魔力を抽出する瞬間。
同時に。
周囲の魔素を、実験器具へ誘引する。
魔力が体外へ現れる瞬間と。
外部魔素が術式へ取り込まれる瞬間。
その二つを、完全に一致させる。
「始めます」
ルシエが術式を起動する。
実験器具の内部へ。
外部魔素が、ゆっくりと集まり始めた。
「行くぞ」
ノエルは右手を器具へ向ける。
体内を巡る魔力を掌へ集め。
ごく少量だけ、術式へ流し込んだ。
その瞬間。
誘引術式が同期する。
外部魔素が。
ちょうど同じタイミングで、器具の内部へ流れ込んだ。
二つの力が接触する。
観測器が、小さく反応した。
「……!」
ルシエが息をのむ。
「数値が動いています」
外部魔素の一部が。
ノエルの魔力に近い性質を示していた。
完全な魔力ではない。
だが。
密度。
流速。
周期。
内部配列。
いくつかの観測値が。
確かに、ノエルの魔力へ近づいている。
「変換率は?」
「一・七パーセント」
「前回は零だった」
「はい」
二人は顔を見合わせる。
確かな変化だった。
すぐに、同じ条件でもう一度実験する。
しかし。
「変換率、零です」
三回目。
「〇・九パーセント」
四回目。
「零」
五回目。
「二・一パーセント」
成功する時と。
失敗する時がある。
反応の大きさも、毎回異なっていた。
二人は条件を変えながら、何度も実験を繰り返した。
魔力量。
誘引速度。
接触時間。
魔素濃度。
あらゆる条件を記録する。
だが。
どれも決定的な要因にはならなかった。
それでも。
一つだけ。
確実に言えることがあった。
完成した魔力を、後から外部魔素へ混ぜるより。
魔力が体外へ放出される瞬間に接触させた方が。
遥かに強い反応が起きる。
「どうして……」
ルシエは観測記録を見つめる。
「体外へ出る瞬間だけ」
「これほど変化するのでしょうか」
ノエルも腕を組む。
「完成した魔力じゃ駄目だった」
「でも」
「出てくる途中なら反応する」
「何が違う……?」
研究室へ沈黙が流れる。
ルシエは、ノエルの魔力波形を記録した紙を並べた。
放出前。
放出中。
放出後。
三つの記録を見比べる。
数値に、大きな違いはない。
密度。
流速。
周期。
どれも、ほとんど一致している。
「観測できていない何かが……」
ルシエは静かに呟く。
「放出される瞬間だけ、存在しているのかもしれません」
ノエルは写本を開く。
『内なる魔素が命の律を得る時』
その一文を、もう一度読む。
「命の律を得る時……」
「サイオスは」
「わざわざ『時』と書いてる」
「完成した後じゃない」
「はい」
ルシエも頷く。
「体内で生まれたばかりの魔力には」
「まだ」
「その者だけが持つ何かが、強く残っているのかもしれません」
「身体を離れると」
「少しずつ失われる?」
「その可能性があります」
だから。
完成した魔力を後から混ぜても反応しない。
だが。
生まれたばかりの魔力なら。
外部魔素は、わずかに影響を受ける。
完全な変換には程遠い。
それでも。
昨日まで零だった変換率が。
今日は、確かに動いた。
ルシエは新しい研究ノートを開く。
『完成した魔力ではなく、魔力放出の瞬間に外部魔素を接触させることで、極めて低い変換反応を確認』
その下へ。
さらに一行、書き加えた。
『体外へ放出される瞬間の魔力には、観測できていない未知の要素が存在する可能性』
その未知の要素こそ。
サイオスが記した。
『命の律』
なのかもしれなかった。




