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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第113話 外部魔力回路

 ルシエとノエルは、人間の魔力回路が行っている処理を、細かく分けることから始めた。


 魔素の誘引。


 濃度調整。


 魔素の取り込み。


 術者固有の魔力への変換。


 変換後の安定化。


 魔力の保持。


 出力制御。


 逆流防止。


 普段、人間の身体は。


 これらすべてを、ほとんど意識することなく行っている。


 周囲の魔素を少しずつ取り込み。


 魔力回路によって、自らの魔力へ変換する。


 作られた魔力は体内へ蓄えられ、魔法を使う際に必要な場所へ送られる。


 それを、一つずつ。


 身体の外へ再現する。


 まず二人は、魔素の誘引から試した。


 密閉した実験器具の周囲へ、魔素を引き寄せるための簡単な魔法式を展開する。


 術式を起動すると。


 周囲に存在する魔素が、ゆっくりと器具の内部へ集まり始めた。


「誘引は成功しています」


 ルシエが観測器を確認する。


「流入量も、予測値の範囲内です」


「じゃあ、次は濃度調整だな」


 ノエルが、誘引術式の内側へ新たな魔法式を重ねる。


 器具の内部へ集めた魔素が、一定量を超えた場合は、それ以上の流入を止める。


 反対に。


 魔素濃度が低下した場合は、再び外部から魔素を取り込む。


 何度か調整を繰り返した結果。


 器具内部の魔素濃度を、一定の範囲へ保つことにも成功した。


「誘引」


「濃度調整」


「ここまでは、既存の魔法式でも再現できます」


 ルシエは研究ノートへ、結果を書き込む。


 魔素を集める。


 量を測る。


 濃度を一定に保つ。


 これらは、魔素観測器や魔導機関にも使われている技術だった。


 人間の魔力回路だけが持つ、特別な機能ではない。


 問題は。


 その次だった。


「変換を始めます」


 密閉された器具の内部には、既にごく少量の魔素が集められている。


 二人は、その周囲へ。


 人間の魔力回路を模した試作術式を展開した。


「最初の基準には」


「私の魔力を使います」


 ルシエが測定器へ手を伸ばす。


 だが。


 その手を、ノエルが止めた。


「いや」


「俺の魔力を使おう」


「ですが」


「今回は、身体の外で変換するんだろ?」


「はい」


「被験者の身体へ魔素を通すわけでもない」


「測定のために、ごく少量の魔力を外へ出すだけです」


「だったら、危険はないんだな?」


「これまでの実験と比べれば」


「危険性は、ほとんどありません」


 ノエルは頷いた。


「なら、俺でいい」


「ルシエは休め」


「私は疲れていません」


「そういう意味じゃない」


 これまでの暗黒の研究では。


 魔素を取り込み。


 体内で魔力へ変換する実験の多くを、ルシエ自身が行ってきた。


 補助術式を使っていたとはいえ。


 魔力回路へ負担がかかることに変わりはない。


「身体を使う実験は」


「ずっとルシエがやってきただろ」


「今回は俺がやる」


「ですが、被験者を変更すれば」


「これまでの観測値と比較しにくくなります」


「これまでとは、実験そのものが違う」


 ノエルは、密閉された器具を指差す。


「それに」


「俺の魔力は、比較的安定している」


「四大属性すべてに適性があるから」


「特定の属性へ偏りすぎてもいない」


「基準として使うなら」


「俺の方が測定しやすいんじゃないか?」


 ルシエは答えなかった。


 ノエルの指摘は正しい。


 魔力の流れが安定しているほど。


 測定時の誤差は小さくなる。


 実験ごとの変動も抑えられる。


 最初の基準としては。


 ノエルの魔力の方が適していた。


「……分かりました」


「今回の被験者は」


「ノエルさんにお願いします」


「ああ」


「ただし」


「異常を感じた場合は」


「すぐに中止してください」


「外付けの実験なんだろ?」


「それでもです」


「分かった」


 変換先となるのは、ノエル固有の魔力。


 まず、ノエルの魔力を精密に測定する。


 魔力の密度。


 流れる速度。


 強弱の変化。


 時間による揺らぎ。


 観測できる性質を、可能な限り数値へ置き換える。


 それらを、変換後の目標値として魔法式へ入力した。


「この数値どおりに、器具内部の魔素を変化させます」


「これで、俺の魔力と同じ性質になるはずだな」


「理論上は」


 ルシエは試作術式を起動した。


 魔法陣が淡く光る。


 器具の中へ集められた魔素が、僅かに揺れ始めた。


 密度を変える。


 流れる速度を変える。


 強弱を与える。


 ノエルの魔力を測定した数値へ。


 一つずつ、近づけていく。


 だが。


「変換率、零です」


 観測器に変化は現れなかった。


 魔素の動きは変わっている。


 密度も。


 流速も。


 入力した数値へ、ある程度近づいている。


 それでも。


 魔素は、魔素のままだった。


 ノエル固有の魔力にはなっていない。


「数値が足りないのか?」


「その可能性があります」


 二人は測定項目を増やした。


 流れの方向。


 圧力。


 内部に含まれる魔粒子の比率。


 魔力が持つ、細かな周期。


 観測できる限りの性質を測定し、術式へ入力する。


 もう一度。


 変換術式を起動した。


 だが。


 結果は変わらない。


 魔素は揺れ。


 形を変え。


 一時的に不安定な状態となる。


 それでも、術者固有の魔力へ変換されることはなかった。


「どうして……」


 ルシエは観測記録を見つめる。


 魔素が、複数の魔粒子によって構成されていることは分かっている。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四大属性の魔粒子が、極めて安定した状態で結びついたもの。


 それが、現在知られている魔素の基本構造だった。


 だが。


 魔素を構成しているものが、四大属性の魔粒子だけとは限らない。


 観測器では捉えられない、微細な要素。


 魔粒子同士を結びつける力。


 魔素が安定した状態を保つ仕組み。


 その多くは、現代の魔法科学でもまだ解明されていなかった。


「魔素を、測定した数値どおりに動かすだけでは」


「魔力にはならない……」


 ノエルが呟く。


「人間の魔力回路は、もっと複雑な処理をしているのかもしれません」


 ルシエは、机の上へ置かれた魔素の模型を見る。


「例えば」


「私たちが食べた物は、そのまま身体の一部になるわけではありません」


 食物は口から体内へ入り。


 胃や腸によって分解される。


 身体に吸収できる、無数の小さな栄養素へ変えられる。


 その中から必要なものだけを取り込み。


 血液や。


 筋肉や。


 骨を作る材料として利用する。


「食物の重さや、硬さや、形を測定して」


「それと同じ数値へ揃えたとしても」


「栄養素にはなりません」


「身体の中で、分解しなきゃいけないからか」


「はい」


「魔素から魔力への変換も、それに近いのかもしれません」


 魔力回路は。


 魔素の密度や流速を、ただ変えているのではない。


 魔素を構成する要素を、一度細かく分けている可能性がある。


 その中から。


 術者と親和性の高い要素だけを選び。


 並べ直す。


 そして、その人間が扱いやすい形へ再構成している。


 だが。


 魔素が何によって構成され。


 魔力回路が何を分解し。


 何を選び。


 どのように組み直しているのか。


 何も分からない。


 人体が無意識に行っている処理を魔法式へ置き換えるには。


 まず、魔素そのものを完全に解析しなければならない。


「これでは……」


 ノエルは、床へ広がった魔法陣を見る。


「外部魔力回路を作る前に」


「魔素の正体を、すべて解明しなきゃいけない」


「はい」


「そんなの、何年かかるんだ?」


 ルシエは答えられなかった。


 何年で済むのかさえ、分からない。


 数十年。


 あるいは。


 何世代もの研究が必要になるかもしれない。


 魔素の誘引はできた。


 濃度の調整もできた。


 魔素の状態を測定することもできる。


 だが。


 最も重要な。


 魔素から、術者固有の魔力への変換。


 それだけが、どうしても再現できない。


 二人は研究室の机へ座ったまま。


 長い間、言葉を交わさなかった。



「今日は、もう終わりにしないか?」


 夕方。


 ノエルが口を開いた。


「これ以上続けても、同じところを回るだけだ」


「ですが」


「休むのも研究だ」


「考え続けてると、見えるものも見えなくなる」


 ルシエは、床へ広がる魔法陣を見つめる。


 まだ、試したい数値が残っている。


 追加したい測定項目もある。


 だが。


 今のまま続けても、根本的な問題は解決しない。


「……分かりました」


 二人は研究器具を停止させ、資料を片づける。


 そのまま帰るつもりだったが。


 ノエルが、校門近くの喫茶店を指差した。


「少し寄っていこう」


「研究はしないぞ」


「はい」


 ルシエは頷いた。



 喫茶店の中には、甘い焼き菓子の香りが漂っていた。


 二人は窓際の席へ、向かい合って座る。


 ノエルは紅茶。


 ルシエは温かいミルクを注文した。


「それで」


 ノエルがルシエの鞄を見る。


「どうして、本を持ってきてるんだ?」


「帰る途中で、何か思いつくかもしれないので」


「さっき、研究はしないって言ったよな?」


「研究をするつもりはありません」


「では、その本は?」


「手掛かりになるかもしれないと思っただけです」


「それを、研究するって言うんじゃないのか?」


 ルシエは答えず、視線を逸らした。


 鞄の中に入っているのは。


『大賢者サイオス著 魔導原論 写本』


 以前、古書店で見つけた古代文献だった。


 その中には、現代魔法理論では説明できない記述がいくつも残されている。


『魔素は本来、形なき力である』


『人はその力へ直接働きかけ、万象を動かしていた』


 当時。


 二人には、その意味を理解できなかった。


 ルシエは研究ノートへ書き写し、その横へ。


『保留』


 そう記していた。


「読むなよ」


「読みません」


「絶対に?」


「……できるだけ」


 注文した飲み物が届く。


 ルシエは温かいミルクへ口をつけた。


 研究のことを考えないようにする。


 窓の外を見る。


 店内に流れる音楽を聞く。


 焼き菓子の香りを楽しむ。


 だが。


 頭の中には、変換できなかった魔素のことがずっと残っている。


 魔素は。


 どのようにして、術者固有の魔力になるのか。


 魔力回路は。


 何を行っているのか。


「少しくらいなら……」


「駄目だ」


「まだ何も言っていません」


「本を見た」


 ルシエの手は、無意識に鞄へ伸びていた。


「一頁だけです」


「一頁で終わったことがあるか?」


「ありません」


「正直だな」


 それでも。


 ルシエは写本を取り出した。


 最初から読むつもりはない。


 何かを探すつもりもない。


 ただ。


 以前印を付けた場所を、もう一度確認するだけ。


 ルシエは古びた写本を、何気なく開いた。


 開かれたのは、以前読んだ箇所より数頁先だった。


 そこには。


 かすれた文字で、いくつかの記述が残されている。


『人が天地の魔素を内へ取り込む時』


『魔素は、その者と親和する形へ姿を変える』


『土、水、火、風』


『万物の根を成す四つの力は』


『その者に近きものを選び』


『不要なるものを退け』


『最も澄みし配列へ整えられる』


 ルシエの手が止まった。


「ノエル」


「研究はしないって――」


「これを見てください」


 その声に。


 ノエルも写本を覗き込む。


 二人は一文ずつ、慎重に読み直した。


『魔素は、その者と親和する形へ姿を変える』


『最も澄みし配列へ整えられる』


「親和する形……」


 ノエルが呟く。


「魔素を、その人間が扱いやすい状態へ変えている?」


「はい」


 ルシエは写本の文字を指で追う。


「魔素は、土、水、火、風」


「四大属性の魔粒子が結びついたものです」


「人間が魔素を取り込むと」


「魔力回路は、その人と親和性の高い魔粒子を選び出す」


「そして」


「親和性の低いものを退け」


「その人にとって、最も扱いやすい配列へ整える」


 ノエルは自分の掌を見る。


「それが、術者固有の魔力?」


「おそらく」


 同じ魔素を取り込んでも。


 人によって、生み出される魔力の性質は異なる。


 火属性と親和性が高い者。


 水属性と親和性が高い者。


 風。


 土。


 複数の属性へ親和性を持つ者もいる。


 魔力回路は、取り込んだ魔素を術者の親和性に合わせて分解し。


 選別し。


 再び配列する。


 そうして。


 その人間が扱いやすい、純度の高い魔力へ変えている。


「私たちが、数値だけを変えても」


「魔力にならなかった理由が分かりました」


「魔素の密度や流速を揃えるだけじゃ駄目だった」


「はい」


「内部の配列そのものを」


「術者の親和性に合わせて組み替える必要があります」


 魔素から魔力への変換とは。


 単なる状態変化ではない。


 魔素の内部に存在する根源的な要素を選別し。


 術者に適した形へ再構成する処理。


 それが。


 魔力回路の行っている変換だった。


「でも」


 ノエルは眉を寄せる。


「これだけじゃ、結局同じ問題じゃないか?」


「魔素の中を分解して」


「必要なものを選んで」


「正しい配列へ並べ直さなきゃいけない」


「はい」


「その方法は、まだ分からない」


 道理は分かった。


 だが。


 方法は分からない。


 魔素内部のすべてを解析し。


 術者との親和性を測定し。


 その人に最適な配列を計算する。


 それを実現するだけでも、途方もない研究が必要になる。


 ルシエは、さらに先の記述へ目を移した。


 そして。


 その直後。


 息を止めた。


『生きる者の内を巡る力と』


『天地に満ちる魔素は、異なるものにあらず』


『内なる魔素が命の律を得る時』


『外なる魔素もまた、その律へ応ずる』


「命の律……?」


 ノエルが呟く。


「術者固有の魔力のことか?」


「その可能性があります」


 体内へ取り込まれた魔素は。


 魔力回路によって分解され。


 術者との親和性に応じて、最も適した配列へ組み直される。


 そうして生まれたものが、術者固有の魔力。


 サイオスは、その変化を。


『命の律を得る』


 そう表現しているのかもしれない。


 そして。


 その次の一文。


『外なる魔素もまた、その律へ応ずる』


「体内の魔力と」


「体外の魔素は」


「完全に切り離されたものではない……?」


 ルシエは、これまで学んできた技術を思い出す。


 伝統魔法。


 妖精誘導法。


 魔剣流の暗黒剣。


 いずれも。


 術者自身の魔力を介して、体外に存在する魔素へ影響を与えていた。


 特にアデラーンは。


 自らの魔力を剣へ流し。


 その魔力を通して、離れた場所にある魔素へ力を伝えていた。


「魔力と魔素には」


「互いに影響を与える性質がある」


「それは分かっていました」


「でも」


「この記述が正しいなら」


 ルシエは写本の一文を、何度も読み返す。


「体内で完成した術者固有の魔力が」


「体外の魔素に対して」


「配列の基準として働く可能性があります」


「基準?」


「はい」


「何もないところから」


「すべての配列を計算して」


「ノエルの魔力を作るのではありません」


「既に完成している」


「ノエル自身の魔力を利用するのです」


 ノエルは考え込む。


「俺の魔力を、外にある魔素へ触れさせる?」


「直接接触させれば、魔素が身体へ逆流する危険があります」


「ですが」


「ノエルの魔力が持つ配列を」


「外部の魔素へ伝えることができれば……」


 体内の魔力回路を、完全に再現する必要はないかもしれない。


 魔素を構成するすべての要素を、一から解析する必要もないかもしれない。


 既に変換を終えた。


 術者固有の魔力を見本として。


 体外の魔素へ、同じ配列を伝える。


 サイオスが記した。


『律へ応ずる』


 その現象を再現できれば。


「変換できるかもしれません」


 ルシエの声が震える。


「外部の魔素を」


「術者固有の魔力へ」


「身体を通さずに」


 ノエルは、写本とルシエを交互に見る。


「でも」


「この記述だけじゃ、具体的な方法は分からない」


「はい」


「命の律が何を意味するのかも」


「外の魔素が、どのように応じるのかも」


「まだ分かりません」


 それでも。


 何もなかった場所に。


 初めて、道が見えた。


 ルシエは鞄から研究ノートを取り出す。


「研究はしないんじゃなかったのか?」


「状況が変わりました」


「一頁だけって言ったよな?」


「重大な発見がありましたので」


「やっぱり持ってくるべきじゃなかった」


 ノエルはそう言いながらも、自分の筆記具を取り出した。


 ルシエは、以前研究ノートへ書き記した一文を開く。


『魔素は本来、形なき力である』


『人はその力へ直接働きかけ、万象を動かしていた』


 その横には、今も。


『保留』


 という二文字が残っている。


 当時は、理解できなかった。


 古代の曖昧な表現だと思っていた。


 だが。


 暗黒を知り。


 伝統魔法を知り。


 魔素から魔力への変換を、自ら経験した今なら。


 その言葉が、以前とはまったく違って見える。


 ルシエは。


『保留』


 その二文字を、一本の線で消した。


 そして。


 新たに書き加える。


『外部魔力回路の手掛かり』


 分からないことを、すぐに否定せず残しておく。


 いつか。


 別の研究をしているうちに。


 その意味が、突然繋がることがある。


 かつて。


 ルシエがノエルへ話した言葉。


 その瞬間が。


 ようやく訪れた。

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