表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/161

第111話 補助術式

 数日後。


 魔力回路の損傷が回復したルシエは。


 再び、研究室へ戻っていた。


 机の上には。


 前回の実験で得られた、観測記録が広げられている。


 魔素の取り込み量。


 魔力回路の活動量。


 変換速度。


 変換後に増加した、ルシエ固有の魔力量。


 そして。


 魔力回路へ生じた、無数の微細な損傷。


 ルシエは。


 その数値を、一つずつ見比べていた。


「変換そのものには、成功しています」


「問題は」


「魔力回路へ、一度に大きな負担がかかったことです」


 向かい側に座るノエルが頷く。


「魔素を取り込んだ瞬間に」


「回路の活動が、一気に跳ね上がってる」


「はい」


「通常なら」


「長い時間をかけて行われる変換が」


「一瞬で起きたためです」


 ルシエは。


 観測記録の上へ、一本の線を引いた。


 緩やかに上昇する。


 通常時の魔力回路の活動。


 その隣へ。


 ほとんど垂直に近い線を描く。


 暗黒を再現した際の活動。


「この急激な上昇を」


「抑えることができれば」


「魔力回路への負担も、減らせるかもしれません」


「変換を遅くする?」


「それだけではありません」


 ルシエは。


 新しい紙を取り出した。


「魔素が魔力回路へ入ったあと」


「どの経路を通り」


「どの速度で変換されるのか」


「現在は」


「すべてを、身体の魔力回路へ任せています」


 ノエルは。


 その言葉の意味を考える。


「その一部を」


「外の魔法式に任せるのか?」


「はい」


 ルシエは。


 紙の中央へ、人間の身体を模した図を描く。


 その周囲へ。


 いくつもの補助式を書き加えていく。


「魔素を取り込む量を制限する術式」


「魔力回路へ入る速度を一定に保つ術式」


「変換後の魔力が流れる方向を指定する術式」


「そして」


「魔力が一か所へ集中しないよう、分散させる術式」


 暗黒は。


 姿勢。


 呼吸。


 身体の動き。


 長年の鍛錬。


 それらによって。


 魔素の取り込みから、変換後の魔力の循環までを制御している。


 ならば。


 身体へ刻み込まれた制御の一部を。


 外部の魔法式によって、補助できるかもしれない。


「補助術式……」


 ノエルが呟く。


「暗黒を再現する術式ではなく」


「暗黒による負担を、減らすための術式です」


 二人は。


 すぐに、設計へ取りかかった。


 まず。


 魔素の流入量を制限する。


 前回の実験では。


 室内の魔素濃度そのものを下げることで、取り込める量を抑えていた。


 だが。


 それだけでは。


 身体へ入る瞬間の流れまで、正確に制御できない。


 そこで。


 ルシエの身体の周囲へ。


 魔素を通すための、細い経路を作る。


 流入できる魔素の量を。


 術式の幅によって、物理的に制限する。


「ここを狭くすれば」


「一度に流れ込む量は減ります」


「でも」


「狭くしすぎると、流れそのものが途切れる」


 ノエルが。


 数値を書き換える。


「前回の十分の一」


「いや」


「二十分の一から試した方がいい」


「そうですね」


 次に。


 魔力回路へ入った魔素の流れを、整える。


 魔素が。


 複数の魔力回路へ、一度に流れ込めば。


 全身へ負担が広がる。


 まずは。


 片腕の一部だけへ流す。


 限られた経路で変換し。


 変換後の魔力を、すぐに体外へ排出する。


「保持させないのですか?」


「変換できるかを確認するだけなら」


「体内に残しておく必要はないだろ」


 ノエルは。


 排出用の術式を書き加える。


「変換された魔力は」


「すぐに観測器へ送る」


「それなら」


「体内を循環させる工程も省ける」


「はい」


 取り込み。


 変換。


 保持。


 制御。


 暗黒が身体の中で行っている工程のうち。


 今回行うのは。


 取り込みと変換だけ。


 変換後の魔力は。


 肉体へ巡らせず。


 外部の観測器へ逃がす。


 二人は。


 何度も計算を書き直した。


 流入量を減らせば。


 観測器で反応を確認できなくなる。


 流れを強く制御すれば。


 補助術式そのものが、ルシエの魔力回路へ干渉する。


 排出を早めすぎれば。


 変換途中の魔素まで、外へ引き出してしまう。


 一つを直せば。


 別の部分へ問題が生まれる。


 机の上には。


 書き損じた紙が、次々と積み上がっていった。


「駄目です」


「流入制御と排出制御が、干渉しています」


「だったら」


「二つの術式を、別々に動かすんじゃなくて」


「同じ周期で動かせばいい」


 ノエルが。


 二つの魔法式を、一本の制御線で繋ぐ。


 魔素が入る。


 変換が始まる。


 変換後の魔力が生まれる。


 それに合わせて。


 排出術式が作動する。


 流入と排出を。


 一つの連続した動きとして制御する。


「これなら……」


 ルシエは。


 計算式を、最初から確認する。


「理論上は」


「魔力回路の内部へ力が滞留する時間を、減らせます」


「変換速度は?」


「完全には制御できません」


「ですが」


「流れる方向は、ある程度限定できます」


 その日の夕方。


 二人は。


 ようやく、一つの補助術式を完成させた。


 魔素の流入量を制限する。


 魔力回路へ入る速度を一定に保つ。


 変換後の魔力を。


 決められた方向へ流す。


 そして。


 体内へ長く留めることなく、外部へ排出する。


 完全に安全とは言えない。


 だが。


 前回よりは。


 魔力回路へかかる負担を、減らせる可能性がある。



 翌日。


 王立魔法学校の実験室には。


 再び、治療術師が呼ばれていた。


 補助術式を確認した治療術師は。


 額へ手を当てる。


「……まだやるのですか?」


「はい」


 ルシエが答える。


「前回の実験結果をもとに」


「魔力回路へかかる負担を軽減する術式を作りました」


「そういう問題ではありません」


 治療術師は。


 深く息を吐いた。


「数日前に」


「自殺行為だと説明したばかりですよね?」


「理解しています」


「理解している人間は」


「数日後に、改良型の自殺行為を持ってきたりしません」


 ルシエは。


 何も言い返せなかった。


 隣にいたノエルも。


 気まずそうに目を逸らす。


「本当に」


「死んでも知りませんよ」


「知りませんでは困る」


 アルベルトが。


 実験計画書を手に、口を開いた。


「君には」


「異常が確認された瞬間、治療を行ってもらう」


「分かっています」


 治療術師は。


 アルベルトへ、冷たい視線を向けた。


「教授も教授です」


「学生を止める立場ではないのですか?」


「止めた」


「止められていません」


「だから」


「監督下で行わせることにした」


「それを止められていないと言うのです」


 実験室へ。


 短い沈黙が流れる。


 アルベルトは。


 咳払いを一つした。


「今回の実験は」


「前回よりも、遥かに条件を厳しくしている」


 取り込む魔素は。


 前回の二十分の一。


 変換を行うのは。


 右腕の、限られた魔力回路だけ。


 変換後の魔力は。


 体内へ保持せず、観測器へ排出する。


 さらに。


 補助術式が僅かでも乱れた場合。


 即座に、魔素の流入を遮断する。


「理論上は」


「前回よりも負担を減らせます」


 ルシエが告げる。


「理論上は、でしょう」


「はい」


「その言葉が」


「医師は一番嫌いです」


 治療術師は。


 諦めたように息を吐いた。


「少しでも異常があれば」


「成功していても、即座に中止します」


「分かりました」


「今度は」


「本当に従ってください」


「はい」


 ルシエは。


 実験区画の中央へ立った。


 腕の周囲には。


 二人が作った補助術式が展開されている。


 細い魔法式が。


 右腕の魔力回路に沿うように、淡く輝いていた。


「観測器を起動」


「正常です」


「魔素濃度」


「規定値以内」


「補助術式」


「正常に作動しています」


 ノエルが。


 一つずつ確認する。


 アルベルトは。


 最後に、ルシエへ告げた。


「始めろ」


「はい」


 ルシエは。


 ゆっくりと呼吸を整える。


 前回と同じように。


 周囲の魔素を、ごく僅かだけ引き寄せる。


 だが。


 今回は。


 魔素が直接、身体へ流れ込むことはない。


 補助術式によって作られた。


 細い流路を通過する。


「流入開始」


 ノエルが告げる。


「予定値以内です」


 魔素が。


 ルシエの右腕へ入る。


 その瞬間。


 補助術式が作動した。


 流れ込む速度を抑え。


 魔素が進む方向を。


 限られた魔力回路へ固定する。


「――っ」


 痛みはあった。


 だが。


 前回とは違う。


 魔力回路を内側から押し広げられるような。


 耐え難い激痛ではない。


 腕の内側が。


 強く痺れる程度。


「魔力回路の活動、上昇」


「ですが」


「前回よりも遥かに低いです」


 ノエルが観測器を確認する。


 取り込まれた魔素が。


 魔力回路の中で、変換されていく。


 変換された魔力は。


 補助術式によって、一定の方向へ流される。


 体内へ広がることなく。


 腕の外に置かれた観測器へ、排出されていく。


「変換を確認」


「ルシエ固有の魔力です」


「排出術式も正常」


 ノエルの声に。


 僅かな喜びが混じる。


「成功してる」


「前回より」


「負担を抑えられています」


 ルシエも。


 自らの腕へ意識を向ける。


 痛みはある。


 熱も感じる。


 だが。


 吐き気も。


 呼吸の乱れもない。


 魔力回路へかかる負担は。


 明らかに、軽くなっていた。


「補助術式は」


「有効です」


 ルシエが告げる。


「変換速度と流れる方向を制御することで」


「魔力回路への負担を軽減できます」


 その直後。


 観測器の針が。


 僅かに揺れた。


「待って」


 ノエルの表情が変わる。


「排出量が」


「変換量より少ない」


「変換しきれていない魔素がある?」


 ルシエが。


 自らの腕を見る。


 補助術式の内側。


 魔力回路の一部へ。


 ごく微量の魔素反応が残っていた。


「魔素が」


「回路内へ残留しています」


 さらに。


 補助術式の一部が。


 僅かに揺らぐ。


 変換後の魔力が。


 排出用の流れから外れ。


 ルシエの肩へ向かおうとした。


「逆流反応!」


「中止!」


 アルベルトが即座に告げる。


 ノエルが。


 緊急遮断術式を起動する。


 魔素の流入が止まり。


 補助術式とルシエの接続が切断された。


 治療術師が。


 すぐにルシエの腕を確認する。


「微量の残留があります」


「ですが」


「魔力回路への損傷は、ほとんどありません」


 ルシエは。


 安堵することなく。


 観測器へ残された記録を見つめた。


 補助術式によって。


 負担は、確かに軽減された。


 変換速度も。


 魔力の流れる方向も。


 ある程度は制御できた。


 だが。


 完全ではない。


 変換しきれなかった魔素は。


 ごく微量ながら、魔力回路へ残留する。


 術式が僅かに乱れれば。


 急激に生み出された魔力が。


 回路を逆流する可能性もある。


「駄目です」


 ルシエが呟く。


「何がだ?」


 ノエルが尋ねる。


「補助術式そのものは」


「失敗ではありません」


「魔力回路への負担を」


「確実に減らすことができました」


「なら」


「改良すれば――」


「違います」


 ルシエは。


 首を横へ振った。


「変換を魔法式で補助しても」


「魔素を身体へ取り込む時点で」


「危険性は、必ず残ります」


 流入量を減らしても。


 変換速度を抑えても。


 流れる方向を限定しても。


 変換の中心にあるのは。


 人間の魔力回路。


 術式が乱れれば。


 魔素も。


 生み出された魔力も。


 術者の肉体へ流れ込む。


「人体を使い続ける限り」


「暗黒の危険性を」


「完全に取り除くことはできません」


 暗黒を。


 安全に使える形へ改良する。


 その方向では。


 無属性魔法へ辿り着けない。


 必要なのは。


 人体を守るための補助ではない。


 人体そのものを。


 変換の工程から、完全に外すことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ