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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第108話 暗黒の構造

 新しい研究ノートへ。


 二人の名前を書き終えたあと。


 ルシエとノエルは、昨日の特別講義で記録した資料を机の上へ広げた。


 アデラーンが暗黒を使用した際の、周囲の魔素濃度。


 魔力観測器が示した数値。


 立ち方。


 呼吸。


 身体の動き。


 そして。


 暗黒を発動してから、暗黒剣を放つまでの魔力の変化。


「まずは」


「実際に観測できたことと」


「俺たちの推測を、分けた方がいいな」


 ノエルが言った。


「はい」


 ルシエは頷き。


 研究ノートの頁を、中央で二つに分けた。


 左側へ。


『観測された事実』


 右側へ。


『現時点での仮説』


 そう書き込む。


 大講堂で。


 アデラーンは、魔剣流の基本五型を披露した。


 その段階では。


 周囲の魔素に、大きな変化は起きていない。


 体内を巡る魔力の流れが。


 姿勢や動作に合わせて、わずかに変化していただけだった。


 だが。


 暗黒を発動する直前。


 アデラーンは姿勢を整え。


 深く、独特な呼吸を行った。


 直後。


 周囲の魔素が、その巨体へ向かって流れ始めた。


 魔素が体内へ流れ込むと同時に。


 アデラーンの魔力回路が、急激に活性化する。


 そして。


 術者固有の魔力が、一瞬で増大した。


「ここまでは」


「観測器でも確認できています」


 ルシエは。


 左側へ、順番に書き込んでいく。


『姿勢と呼吸が変化』


『周囲の魔素が、アデラーンへ集中』


『魔素が体内へ流入』


『魔力回路が急速に活性化』


『術者固有の魔力が増大』


『増大した魔力が、全身へ循環』


 ノエルは。


 記録された数値を見ながら、眉を寄せた。


「改めて見ると」


「変化するのが、速すぎるな」


「はい」


 周囲の魔素が動き始めてから。


 アデラーンの魔力が増大するまで。


 ほとんど、時間差がない。


 通常ならば。


 体内へ取り込まれた魔素は。


 魔力回路を通じて、少しずつ術者固有の魔力へ変換される。


 だが。


 暗黒では。


 大量の魔素を取り込むのと、ほぼ同時に。


 魔力回路が。


 通常とは比較にならない速度で稼働していた。


「それから」


「暗黒剣を使う直前です」


 ルシエは。


 次の観測記録を開いた。


 暗黒を発動したアデラーンは。


 増大した魔力を、全身へ巡らせていた。


 その時点で。


 身体能力は、大幅に向上している。


 踏み込み。


 剣を振る速度。


 肉体の強度。


 いずれも。


 暗黒を使う前とは、比較にならない。


 そして。


 暗黒剣を放つ直前。


 全身を巡っていた魔力の一部が。


 腕を通り。


 握られた黒剣へ流れ込んだ。


「剣へ魔力が流れたあと」


「周囲の魔素が、初めて大きく動いています」


「暗黒の段階では」


「周囲の魔素を取り込んではいるけど」


「体外に残っている魔素へ、力を伝えてはいない」


「はい」


 ルシエは頷く。


「暗黒は」


「魔素を自らの魔力へ変え、肉体へ巡らせる技術です」


「そして暗黒剣は」


「その魔力を、身体から剣へ流し」


「剣を通じて、周囲の魔素へ力を伝える技術だと考えられます」


 ルシエは。


 新しい頁へ、暗黒の作用を書き出した。


『第一段階』


『発動準備』


 姿勢。


 呼吸。


 体内を巡る魔力の流れ。


 それらを、暗黒に適した状態へ整える。


『第二段階』


『魔素の誘引と取り込み』


 周囲の魔素を、術者の身体へ引き寄せ。


 体内へ取り込む。


『第三段階』


『急速変換』


 魔力回路を急速に稼働させ。


 取り込んだ魔素を、術者固有の魔力へ変換する。


『第四段階』


『肉体への循環』


 生み出した魔力を。


 火、水、風、土。


 いずれの属性魔粒子も介さず、肉体へ直接巡らせる。


 身体能力を、大幅に向上させる。


 ここまでが。


 魔剣流――暗黒。


『第五段階』


『体外への伝達』


 肉体を巡る術者固有の魔力を、腕から剣へ流す。


 さらに。


 剣を覆う魔力を媒介として。


 周囲の魔素へ、力の方向と大きさを伝える。


 これが。


 魔剣流――暗黒剣。


 ノエルは。


 五つに分けられた工程を、順番に読み返した。


「大まかな流れは」


「これで合っていそうだな」


「はい」


「ただし」


「まだ、分からないことがあります」


 ルシエは。


 第一段階と第二段階の間へ、疑問符を書き加えた。


「姿勢と呼吸そのものが」


「周囲の魔素を引き寄せているのでしょうか」


「違う可能性がある?」


「はい」


 姿勢と呼吸は。


 周囲の魔素へ直接働きかけるためのものではなく。


 体内の魔力回路を。


 大量の魔素を受け入れられる状態へ整えているだけかもしれない。


 あるいは。


 普段から体内を巡っている微量の魔力を。


 魔素を引き寄せるために、体外へ広げている可能性もある。


「外から見ただけでは」


「どちらなのか、判断できません」


「魔素を引き寄せる仕組みも」


「まだ、分かっていないということか」


「はい」


 ルシエは。


 第二段階と第三段階の間にも、疑問符を記す。


「取り込んだ魔素は」


「魔力回路のどこへ、最初に流れ込むのでしょうか」


「身体中の回路へ、一度に広がるのか」


「特定の回路へ集めてから、全身へ送るのか」


「それも分かりません」


 さらに。


 第三段階。


 魔素から、術者固有の魔力への変換。


 魔力回路が。


 取り込んだ魔素へ、何を行っているのか。


 なぜ。


 同じ魔素が。


 取り込んだ人間によって、異なる性質の魔力へ変わるのか。


 現在の魔法学でも。


 その仕組みは、完全には解明されていない。


「一番重要な部分が」


「一番分かっていないな」


 ノエルが呟く。


「はい」


 暗黒が体内で行っている変換を。


 外部の魔法式へ置き換える。


 言葉にすれば、簡単だった。


 だが。


 置き換えるためには。


 まず。


 暗黒の内部で起きている処理を、理解しなければならない。


「アデラーン様本人へ」


「聞くことはできないのか?」


「発動方法については」


「ある程度、教えていただけるかもしれません」


 だが。


 魔剣流の使い手は。


 魔力回路の構造を、理論として理解した上で暗黒を使っているわけではない。


 何度も姿勢を繰り返し。


 呼吸を整え。


 魔素を取り込み。


 魔力を巡らせる。


 その感覚を。


 長年の鍛錬によって、身体へ刻み込んでいる。


 どのようにすれば発動するのかは、知っている。


 しかし。


 なぜ発動するのかまで。


 魔法理論として説明できるとは限らない。


「アデラーン様へ確認することは必要です」


「ですが」


「それだけでは、暗黒を魔法式へ置き換えることはできません」


「自分たちでも」


「現象を観測しないといけないか」


「はい」


 ノエルは。


 五つに分けられた工程へ、もう一度視線を落とす。


「全部を、一度に確かめる必要はないよな」


「はい」


「暗黒剣まで再現すれば」


「危険性が高すぎます」


 剣へ魔力を流す必要はない。


 肉体を強化するほど、大量の魔力を生み出す必要もない。


 まず確かめるべきなのは。


 無属性魔法の原型となる部分。


 魔素を意図的に体内へ取り込み。


 魔力回路によって。


 術者固有の魔力へ、急速に変換する。


 その現象が。


 本当に、二人の仮説どおりに起きるのか。


「ごく少量の魔素だけを、体内へ取り込みます」


 ルシエは。


 実験案を、研究ノートへ書き始めた。


『実験目的』


『暗黒の第二段階および第三段階の確認』


『周囲の魔素を、意図的に体内へ取り込めるか』


『取り込んだ魔素が、術者固有の魔力へ急速に変換されるか』


『実験条件』


『周囲の魔素濃度を、可能な限り低く制限』


『肉体強化は行わない』


『剣へ魔力を流さない』


『体外の魔素へ干渉しない』


『異常が発生した場合、即座に中止』


「暗黒の」


「最初の部分だけを再現するのか」


「はい」


「正確には」


「魔素の取り込みと、急速変換だけです」


 完全な暗黒ではない。


 魔剣流の基本五型も。


 剣技も使用しない。


 身体能力を高めることも。


 暗黒剣を放つこともない。


 ただ。


 暗黒を構成する工程の一部だけを。


 可能な限り小さな規模で、模倣する。


「それでも」


「危険なのは変わらない」


 ノエルの声が、低くなる。


「分かっています」


「暗黒は」


「長い鍛錬を積んだ人間にしか使えない技術なんだろ」


「はい」


「それを」


「魔剣流を習ったこともない君が試すのか?」


 ルシエは。


 すぐには答えなかった。


 研究ノートへ書かれた。


『術者固有の魔力へ変換』


 その文字を見つめる。


 母エレーヌの身体を蝕んでいるのは。


 変換されないまま、魔力回路へ蓄積した魔素。


 母を救うためには。


 魔素が。


 どのように固有の魔力へ変わるのかを、知らなければならない。


 危険だからと。


 ここで立ち止まれば。


 何も、分からないままだ。


「確かめなければ」


「先へは進めません」


 ルシエは、静かに答えた。


「ですが」


「無計画に行うつもりはありません」


「取り込む魔素の量を、可能な限り少なくします」


「複数の観測器を使用し」


「異常があれば、すぐに中止できるようにします」


「それでも駄目だ」


 ノエルは。


 迷うことなく言った。


「二人だけでやる実験じゃない」


 ルシエが、顔を上げる。


「少なくとも」


「魔力回路を診られる医師か」


「魔素の扱いに詳しい教授に、立ち会ってもらう」


「それが認められなければ」


「実験はしない」


 暗黒の原理を、確かめたい。


 だが。


 そのために。


 ルシエの身体を、無防備に危険へ晒してよいわけではない。


 ノエルの表情は。


 共同研究者として、真剣だった。


 ルシエは。


 しばらく考えたあと。


 小さく頷く。


「分かりました」


「必ず」


「安全対策を整えてから行います」


「約束だぞ」


「はい」


 二人は。


 研究ノートの実験案へ。


 新たな条件を書き加えた。


『医師または教授の立ち会い』


『実験前後の魔力回路検査』


『緊急遮断術式の準備』


 暗黒について立てた仮説は。


 本当に、正しいのか。


 魔素を意図的に取り込み。


 術者固有の魔力へ、急速に変換することはできるのか。


 その答えを得るため。


 二人は。


 暗黒の一部だけを再現する。


 最初の実験へ。


 進むことになった。

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