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無能と呼ばれた私が、世界の魔法理論を書き換えます  作者: Atelier Lotus


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第102話 魔剣流

 英雄たちによる特別講義も、いよいよ最後となった。


 大講堂の壇上へ進み出たのは、暗黒騎士アデラーンだった。


 漆黒の髪。


 鍛え抜かれた大きな身体。


 そして、その身を覆うのは漆黒の外套。


 重厚な布地は見るからに暑苦しく、講堂の中でも一切脱ぐ様子はない。


 だが、アデラーンは気にした様子もなく静かに立っていた。


 死地では、一切の油断が許されない。


 常に全身を覆う外套を身につけることが、既に習慣となっているのだろう。


 それに――。


 外套姿に慣れている彼にとって、素顔をさらし続けること自体が、わずかに気恥ずかしいのかもしれない。


 背中には、使い込まれた一振りの黒い両手剣――黒剣を背負っている。


 大聖女ミュゲ。


 聖騎士アーサー。


 エルフの魔術師サンセリテ。


 学者クロエ。


 これまでの四人は、魔法の理論を言葉や図によって詳しく説明していた。


 しかし。


 アデラーンは壇上の中央へ立つと、短く告げた。


「俺は学者ではない」


「難しい理論を説明することもできない」


 大講堂の生徒たちが、静かに続きを待つ。


「だから、実際に見せる」


 アデラーンは背中の黒剣を抜いた。


 巨大な刀身が姿を現す。


 魔法装飾も。


 宝石も。


 複雑な魔法式も刻まれていない。


 ただ黒く鈍い光を放つ、無骨な両手剣だった。


「俺が修めているのは、ローズフィールド王国のベルフォン村に伝わる魔剣流だ」


 聞き慣れない流派の名に、生徒たちが顔を見合わせる。


「魔剣流……?」


「王国三大流派の一つか?」


「いや、聞いたことがないぞ」


 壇上の端に立つアーサーが補足する。


「魔剣流は、王都ではほとんど知られていない地方流派です」


「しかし、その実戦能力は王国三大流派にも決して劣りません」


 王国騎士団長であるアーサーの言葉に、生徒たちが驚きの声を上げる。


「弱き者が、強き者を打ち倒すための流派」


 アデラーンは黒剣を正面へ構えた。


「そして、弱き者を護るための流派だ」


 壇上には、五体の訓練用標的が用意されていた。


 人の形を模した木製の標的。


 その表面には、衝撃を軽減するための魔力障壁が展開されている。


「魔剣流には、五つの基本となる型がある」


 アデラーンはゆっくりと足を開いた。


 背筋を伸ばし。


 顎を引き。


 両足へ均等に体重を乗せる。


 巨大な黒剣を握っているとは思えないほど、全身から余分な力が抜けていた。


「身体を整える」


「呼吸を整える」


「意識を整える」


「武術は、まず立つことから始まる」


 静かな呼吸。


 わずかな重心移動。


 それだけで。


 先ほどまで穏やかだったアデラーンの雰囲気が変わった。


「一の剣」


 右足が、力強く前へ踏み込む。


「崩剣」


 黒剣が斜めに振り下ろされた。


 鋭い袈裟斬り。


 刃は標的を覆う魔力障壁へ触れ、その直後に停止する。


 巨大な刀身を振り下ろした勢いが、障壁へ叩き込まれた。


 魔力障壁が大きく揺らぐ。


「剣は、まず相手を崩すことから始まる」


 アデラーンは剣を振り下ろした姿勢から、腰を低く落とす。


「二の剣」


 途切れることなく、黒剣が下から跳ね上がった。


「返月」


 低い姿勢から放たれる切り上げ。


 一の剣によって乱された魔力障壁へ、二撃目の力が重なる。


 障壁が、音を立てて砕け散った。


「一撃で倒せぬなら、次へ繋げる」


「攻撃の流れを、自分から止めるな」


 黒剣を振り上げたまま、アデラーンの身体が斜めへ移動する。


「三の剣」


「流風」


 助手を務める騎士が、訓練用の槍を突き出した。


 アデラーンは槍を正面から受け止めない。


 斜め前へ踏み込み、槍先をわずかな動きでかわす。


 そのまま騎士の横を通り過ぎながら、黒剣を振るった。


 刃は、騎士の鎧へ触れる寸前で静止する。


 攻撃をかわしながら、同時に相手を斬る。


 攻防一体の歩法だった。


「風のように速く動けという意味ではない」


 アデラーンは騎士から距離を取る。


「風そのものを真似る」


「力へ逆らわず、流れを変え、自分の進む道へ利用する」


 続いて。


 三体の標的が横一列に並べられた。


 アデラーンは黒剣を腰の位置へ構える。


「四の剣」


 大きく踏み込み、横薙ぎを放つ。


「横掃千軍」


 黒剣が、三体を覆う魔力障壁へ連続して触れる。


 長大な刀身へ込められた力が、三つの障壁を一息に薙ぎ払った。


 直後。


 三体を覆っていた魔力障壁が、ほぼ同時に消滅する。


「一人を斬るな」


 アデラーンは横へ振り切った黒剣を、ゆっくりと引き戻す。


「道を斬れ」


 最後に、一体の標的がアデラーンの正面へ置かれた。


 今度の標的には、前進しながら攻撃を仕掛けるための簡単な仕掛けが組み込まれている。


「五の剣」


 標的が動き出し、木製の腕を振り上げる。


 アデラーンは、一歩後ろへ下がった。


 逃げた。


 そう見えた瞬間。


「退歩蔵鋒」


 後退と同時に、黒剣が斜めへ振り下ろされる。


 標的の腕が空を切った。


 代わりに。


 アデラーンの刃が、標的の首元で静止している。


「退くことは、負けることではない」


「次の一撃を放つために、間合いを作る」


「攻め続けるための退きだ」


 五つの型。


 どれも派手な動きではなかった。


 空を飛ぶことも。


 目にも止まらない速度で連撃することもない。


 ただ立ち。


 踏み込み。


 剣を振るう。


 基本的な動作の一つ一つが、途方もない鍛錬によって磨き上げられていた。


 ノエルは、食い入るように壇上を見つめている。


「魔法を使わなくても、あれほどの威力が……」


「はい」


 ルシエも、驚きを隠せずに頷いた。


「今の五つは、純粋な武術です」


 魔法陣は現れていない。


 周囲の魔素濃度にも、目立った変化はない。


 アデラーンの体内を巡る魔力は、一般的な人間と変わらない範囲に収まっている。


 巨大な黒剣を操り。


 魔力障壁を破壊したのは。


 鍛え上げられた肉体と。


 何万回もの反復によって磨かれた、純粋な技術だった。


 アデラーンは五つの型を終えると、再び黒剣を正面へ構えた。


「ここまでは、魔剣流の基本五型だ」


「次に、この型へ重ねる魔剣流の奥義を見せる」


 アデラーンが息を吸う。


 静かに吐く。


「暗黒」


 その瞬間。


 周囲の魔素が、アデラーンの身体へ吸い込まれた。


 大講堂に置かれた観測器の針が、大きく揺れる。


 取り込まれた魔素は。


 アデラーンの魔力回路を通り、術者固有の魔力へ変換されていく。


 だが。


 そこから先が、通常の属性魔法とは異なっていた。


 変換された魔力は。


 火、水、風、土の属性魔粒子を媒体として用いることなく、そのまま全身へ巡っていく。


 筋肉。


 骨。


 血液。


 神経。


 身体のあらゆる部分へ魔力が行き渡り、肉体そのものを活性化させる。


 黒い外套が、膨れ上がった魔力によって揺れた。


「暗黒……?」


 一人の生徒が、不安そうに声を上げる。


「ニコラスの闇魔法と、同じものなのですか?」


「違う」


 アデラーンは即座に否定した。


「ニコラスの闇魔法は、四大属性の魔粒子を強制的に融合し、新たな魔素と融合エネルギーを生み出す技術だ」


「魔剣流の暗黒は、取り込んだ魔素を自分の魔力へ変換する」


「その魔力を、属性魔粒子の制御へ使わず、肉体へ直接巡らせる技術だ」


 どちらも。


 発動すると黒く見える。


 そのため、闇や暗黒という似た名で呼ばれている。


 だが。


 その仕組みは、まったく異なっていた。


「なぜ、暗黒という名前なのですか?」


 別の生徒が尋ねた。


「分からん」


 アデラーンは真顔で答える。


「先代も知らなかった」


 大講堂から、小さな笑い声が上がった。


 アデラーンは気にする様子もなく、黒剣へ視線を落とす。


「ただ、先代から聞いた話はある」


 笑い声が収まり、生徒たちが再び耳を傾ける。


「魔剣流の初代宗家も、魔法の才能を持っていなかったそうだ」


「身体も小さく、力も弱かったと聞いている」


 強力な属性魔法を扱う才能も。


 大剣を力任せに振るう膂力もない。


 そんな一人の人間が。


 魔剣流の始まりだった。


「初代宗家は、強い者へ勝つための方法を求めた」


「そして、一人の竜から剣術を学んだと伝えられている」


 大講堂がざわめいた。


「竜から……?」


「人間が、竜に剣術を?」


「俺も詳しくは知らない」


 アデラーンは淡々と続ける。


「初代宗家が、どこでその竜と出会ったのか」


「なぜ竜が人間へ剣を教えたのか」


「その記録は、魔剣流にも残っていない」


「ただ、その竜から学んだ技術を人間の身体に合わせ、代々改良してきたものが魔剣流だと聞いている」


 ルシエは、思わずサンセリテへ視線を向けた。


 竜族。


 肉体と魔素の両方によって存在する有身精霊。


 生まれながらに魔素や魔粒子の流れを感じ、直接働きかけることができる種族。


「先ほど、サンセリテは妖精誘導法について話していた」


 アデラーンも、サンセリテへ顔を向ける。


「俺には難しいことは分からんが」


「初代宗家が竜から学んだのなら、魔剣流も妖精誘導法と何か関係があるのかもしれない」


 サンセリテは、少し考えるように目を細めた。


「その可能性はあります」


「竜族にとって、魔素へ力を伝えることは特別な技術ではありません」


「剣を振るう動きと同時に、周囲の魔素を動かすこともできるでしょう」


「では、魔剣流は妖精誘導法なのですか?」


 一人の生徒が尋ねる。


 サンセリテは、静かに首を横へ振った。


「同じものとは言えません」


「妖精や有身精霊は、人間の魔力回路や魔法式を使わず、自然界の魔素や魔粒子へ直接働きかけることができます」


「しかし、アデラーン様は人間です」


「魔素を直接感じることも、精霊のように触れることもできません」


 竜から学んだ技術を。


 そのまま人間が使うことはできない。


 だから。


 初代宗家は、別の方法を生み出した。


「竜の技術を、人間の身体で再現できる形へ作り直したのでしょう」


 サンセリテは興味深そうに、アデラーンの構えを見つめる。


「妖精誘導法は、魔素や魔粒子を力任せに動かす技術ではありません」


「それらが本来持つ性質や、自然に生まれる流れを利用します」


「魔剣流にも、その考え方が受け継がれている可能性があります」


「妖精誘導法を起源の一つとしながら、まったく異なる人間の技術へ発展した」


「そう考えるのが自然かもしれません」


「そうなのか」


 アデラーンは小さく頷いた。


「今、初めて知った」


 大講堂から再び笑い声が起きる。


 アデラーン本人にとっては。


 流派の起源が妖精誘導法かどうかなど、それほど重要ではないのだろう。


 受け継いだ技術を鍛え。


 人を護るために使う。


 彼にとって大切なのは、それだけだった。


「魔剣流は、理論が先に作られた流派ではない」


「魔法の才能を持たなかった歴代の宗家たちが、戦うために何度も試し、身体へ叩き込み、後世へ残してきた」


 多くの流派では。


 火、水、風、土の属性魔法を剣へまとわせる。


 属性魔法を扱う才能が高い者ほど、強力な魔法剣を使用できる。


 だが。


 魔剣流の歴代宗家は、誰一人として魔法の才能に恵まれなかった。


「火属性の適性がなければ、炎の魔法剣は使えない」


「風属性の適性がなければ、風の刃を生み出すこともできない」


「だから、自分の魔力そのものを使った」


 アデラーンの全身を巡っていた魔力が、右腕へ集まっていく。


 腕から手のひらへ。


 手のひらから黒剣の柄へ。


 そして。


 巨大な刀身へ。


「暗黒剣」


 黒剣の表面が、薄い黒色の魔力に覆われた。


 炎のように揺らめくこともない。


 強い光を放つこともない。


 ただ。


 刀身の周囲だけが、わずかに歪んで見える。


「通常の魔法剣は、刀身へ属性魔法を付与する」


「火なら炎」


「水なら水流」


「風なら風の刃」


「アーサーの光の魔法剣なら、触れた魔素を分解する」


 アデラーンは黒剣を水平に構えた。


「魔剣流は、属性魔法を使わない」


「自分の魔力そのものを、刀身へ流す」


 ノエルが目を凝らす。


「魔力で剣を強化しているのか……?」


「それだけではありません」


 ルシエは、手元の簡易観測器へ目を落とす。


 針が、小刻みに揺れていた。


 黒剣へ流されたアデラーンの魔力が。


 周囲の魔素へ影響を与えている。


 アデラーンから離れた場所へ、新たな標的が運び込まれた。


 その左右にも、二体の標的が置かれる。


 三体の間隔は、わずかしかない。


「俺には、魔素を見ることはできない」


 アデラーンが告げる。


「精霊や妖精のように、直接触れることもできない」


「では、どうやって魔素へ干渉するのですか?」


 ルシエが尋ねた。


「自分の魔力を通じてだ」


 アデラーンは、黒剣を覆う魔力を示す。


「自分の魔力ならば、動きを感じ取れる」


「身体から剣へ流し」


「剣から外へ伸ばす」


「その魔力を通して、周囲の魔素へ力を伝える」


 アデラーンは少し考えてから、言葉を続けた。


「水の中へ棒を差し込めば、手で水へ触れなくとも流れを変えられる」


「それと同じだ」


 精霊や妖精のように。


 自然界の魔素を直接操作しているわけではない。


 自らの魔力を媒介として。


 周囲の魔素へ働きかけている。


「伝統魔法に近い技術じゃな」


 クロエが口を挟んだ。


「現代の属性魔法が体系化されるより前」


「人間は、自らの魔力を周囲の魔素へ伝え、その内部にある力を利用しておった」


 クロエは、標的の前に広がる空間を示す。


「魔素を術者固有の魔力へ変えておるわけではない」


「魔素は魔素のまま」


「術者の魔力によって流れる方向を定め、内包している力を運動として放出させる」


「押す」


「引く」


「浮かせる」


「単純な衝撃を与える」


「それが、古い伝統魔法じゃ」


「ただし、制御が難しく、再現性も低い」


「ゆえに、魔法式と属性魔法が普及したことで、ほとんど使われなくなった」


 サンセリテも、興味深そうにアデラーンを見つめる。


「ですが、魔剣流の制御精度は、古い伝統魔法とは比較になりません」


「離れた標的の一点だけへ、正確に力を届けています」


「どうして、見えない魔素をそこまで正確に動かせるのですか?」


 一人の生徒が尋ねた。


 アデラーンは、当然のように答える。


「できるまで振る」


「……はい?」


「同じ型を、何万回でも繰り返す」


 姿勢。


 呼吸。


 踏み込み。


 重心移動。


 剣の角度。


 力を伝える瞬間。


 刀身へ流し込む魔力の量。


 そして。


 自らの魔力を通して、周囲の魔素へ力を伝える範囲。


「すべてを、毎回同じように再現できるまで身体へ叩き込む」


「考えなくても、身体が勝手に動くようになるまで振る」


 大講堂が静まり返る。


 理論ではない。


 特別な才能でもない。


 気が遠くなるほどの反復によって。


 見えない魔素への干渉を、再現可能な技術にまで高めている。


「魔法式の代わりに、型を使っている……?」


 ルシエが呟いた。


 魔法式は。


 魔力の量。


 流れる方向。


 効果の範囲。


 起こす現象。


 それらを定める設計図だ。


 魔剣流では、それを数式や図形によって表さない。


 姿勢。


 呼吸。


 歩法。


 剣筋。


 身体の動きそのものが。


 魔力と魔素を制御するための設計図となっている。


「始める」


 アデラーンの声が落ちる。


 大講堂から、音が消えた。


 立身中正。


 脱力。


 呼吸。


 アデラーンは黒剣を正面へ構える。


 狙うのは。


 十歩以上離れた中央の標的。


 左右には、ほとんど隙間なく別の標的が並んでいる。


 アデラーンの右足が、静かに前へ出た。


 力みはない。


 殺気もない。


 ただ。


 最初に見せたものと、まったく同じ型を繰り返す。


「一の剣」


 踏み込み。


 腰の回転。


 肩から腕へ。


 零から百まで、一瞬で力が伝わる。


「崩剣」


 黒剣が斜めに振り下ろされた。


 刃は、何にも触れていない。


 風の刃も飛ばない。


 炎も。


 水流も。


 土塊も生み出されない。


 それでも。


 黒剣へ流されたアデラーンの魔力が、周囲の魔素へ力を伝える。


 魔素が内包する力が。


 剣筋と同じ方向を持った運動として、一点へ放出された。


 十歩先に置かれた中央の標的だけが。


 音もなく、斜めに両断される。


 左右の標的には、傷一つついていない。


 切断された標的が、ゆっくりと左右へ崩れ落ちた。


 誰も声を発しなかった。


 一瞬遅れて。


 大講堂を、凄まじいどよめきが満たす。


「斬撃を飛ばしたのか?」


「だが、風は発生していなかったぞ!」


「どうして中央だけが……?」


 ノエルも目を見開いている。


「剣の力を、離れた場所へそのまま伝えた……」


 アデラーンは黒剣にまとわせていた魔力を消し、背中の鞘へ収めた。


「炎を生み出す必要はない」


「風の刃を作る必要もない」


「剣の力を届けたいなら、その力だけを魔素へ伝えればいい」


 その言葉に。


 ルシエの中で、何かが繋がった。


 ルシエは震える手で、研究ノートへ書き込んでいく。


『魔剣流』


『魔素を術者固有の魔力へ変換』


『属性魔粒子を媒体として用いない』


『自らの魔力を肉体と剣へ流す』


『自らの魔力を媒介として、周囲の魔素へ干渉する』


『魔素が内包する力を、剣筋に沿った運動として放出』


 通常の属性魔法では。


 自然界の魔素の一部を体内へ取り込む。


 魔力回路を通して、術者固有の魔力へ変換する。


 その魔力を燃料として魔法式を動かし。


 同時に。


 周囲の魔素から、必要な属性の魔粒子を選び出す。


 火の魔粒子。


 水の魔粒子。


 風の魔粒子。


 土の魔粒子。


 魔力を燃料とし。


 属性魔粒子を、干渉対象と現象の性質を定める媒体として用いる。


 それが、現在の属性魔法だった。


 しかし。


 魔剣流は違う。


 魔素を術者固有の魔力へ変換したあと。


 属性魔粒子を媒体として用いず、その魔力を直接利用している。


 魔力を肉体へ巡らせ。


 剣へ流し込み。


 さらに。


 その魔力を媒介として、周囲の魔素が内包する力へ働きかける。


(属性魔粒子を使っていない)


 ルシエは、壇上に立つアデラーンを見つめた。


(アデラーン様は、自分の魔力を使って)


(魔素そのものが持つ力を、運動として利用していた)


 光魔法は、魔素を四大属性の魔粒子へ完全に分解し、その際に生まれる分解エネルギーを利用する。


 ニコラスの闇魔法は、四大属性の魔粒子を強制的に融合させ、新たな魔素と融合エネルギーを生み出す。


 妖精誘導法は。


 魔素や魔粒子が本来持っている性質を利用し、自然に流れる方向を導く。


 伝統魔法は。


 術者の魔力によって体外の魔素へ働きかけ、その内包する力を単純な運動として利用する。


 そして魔剣流は。


 魔素を体内で術者固有の魔力へ変換し。


 その魔力を直接、肉体や剣へ利用する。


 さらに。


 自身の魔力を媒介として、周囲の魔素へ精密に力を伝える。


 これまで別々に見えていた知識が。


 ルシエの中で、少しずつ繋がり始める。


 魔素。


 魔力。


 魔粒子。


 魔法式。


 魔素は。


 世界に遍在する、膨大な力を内包した根源物質。


 魔力は。


 魔素を、人間が制御できる状態へ変えたエネルギー。


 魔粒子は。


 魔法が何へ、どのように干渉するのかを定める媒体。


 魔法式は。


 それらを制御し、目的とする現象へ導くための設計図。


 それらすべてを。


 必ず決められた一つの順番で使わなければならないわけではない。


(では、なぜ――)


 ルシエの胸の奥に、一つの疑問が生まれた。


(なぜ魔法は、必ず属性を持たなければならないのでしょうか)


 火でもない。


 水でもない。


 風でもない。


 土でもない。


 属性魔粒子を媒体として用いず。


 術者固有の魔力そのものを、魔法式によって制御することはできないのだろうか。


 魔剣流が。


 姿勢と呼吸と剣筋によって行っている制御を。


 数式と魔法陣へ置き換えることができれば。


 魔力を。


 身体や剣だけではなく。


 一つの魔法として、直接運用できるかもしれない。


 ルシエは研究ノートの新しいページを開いた。


 そして。


 中央へ大きく書き記した。


『属性を持たない魔法は、存在できるか』

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